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素朴な疑問

3459顕正居士:2007/07/12(木) 20:03:24
今日、仏教僧は多少種類の違いはあるが具足戒(250戒)を持っており、これを持っていれば
一大仏教サンガの成員とみなされます。例外は日本仏教の僧侶とチベット仏教ニンマ派の
僧侶だけです。ニンマ派というのはチベット固有の宗教ボン教と習合した宗派です。
この点、日本仏教はやはり日本固有の宗教神道と習合した宗派であるといえましょう。
神道は母系制社会の宗教の性格を色濃く残しており、外来の父系制社会の宗教と根本的に
相容れない面があります。しかし日本人は和魂洋才、神本仏迹という原理で外来文化を
変形して受容して来ました。日本仏教が戒律を放棄したのもその変形受容の一つと考えます。
日本仏教の思想としては理戒、事戒ということがあります。具足戒は事戒であり、釈尊の時代
の共同生活の決まりであり、仏教僧はこれを原則今日まで維持して来たわけです。
日本にはインドのような教団生活が最初からありませんでした。僧侶は外国文化を学習輸入
する役人としてはじまった。共同生活の場合、酒を飲んで暴れる人がいるとたいへん迷惑です
から、飲んでも静かな人も酒を飲まない決まりを受け入れます。でも共同生活を離れたら、
別でしょう。それで理戒という考えができます。暴れたり、記憶喪失したりがいけないんで、
酒を飲む、飲まないは個々の場合によるとするのです。最終的にはいつも正しい生活を行え
という一個の精神的戒律しかなくなります。これを一大円戒といいます。
日蓮は確かな遺文では無戒という語は一回も使っておらず、一大円戒の立場でありました。
無戒ですと三大秘法になりません。しかしそれは言葉だけで無戒も円戒も変わらぬといえば、
大衆的には変わらなくなります。結局、個々の宗派、寺院が社会生活の決まりは作るのだし、
それが個々ばらばらで一大サンガというものが存在しない、日本仏教が宗派間戦争の弊害に
陥った理由です。ともかく日蓮は事戒の復興は時代の潮流に反したものであると考えました。


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