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素朴な疑問
3452
:
一字三礼
:2007/07/10(火) 22:11:09
犀角独歩さん
もう何年も前から、ご教示いただき続けているのは私の方です。こちらこそ御礼申し上げます。
>まず、摂受・折伏のいずれかという選択論。これは違いませんか。
仰るとおりであろうと思います。
涅槃経の有徳王と覚徳比丘にしても、同時代に生存しているわけですよね。同じ時に、有徳王は折伏を現じ、覚徳比丘は摂受を行していた、という設定が摂折選択論ではないということを表していますね。
>日蓮は当時の安楽/摂受といった僧侶の襟度から、涅槃「見壊法者」を鑑み、強言説法といった摂受の限界に挑んだのではないでしょうか。
>日蓮の言説が先行するわけですから、摂受が先になっている。そして、その後に為政者の折伏が続くという道程を日蓮は想定していたと思えるのです
まさしくその通りと存じます、お説に賛同します。
「如説修行抄」についてですが。
私はこの書の来歴について、以前、れんさんにお聞きした事がありました。
興風談所の研究で、茨城県富久成寺蔵・伝日尊筆「如説修行抄」古写本は、前半部と後半部では、筆跡が異なり、奥書の署名は、静岡県伊豆実成寺蔵の日尊自筆書状の筆跡とは異なるというご教示をいただいた、と記憶しております(もしも記憶違いがありましたら、れんさん、訂正をお願いしますです)。
文献学的に考えて、日尊は、日蓮の孫弟子ですから、確かな日尊古写本が存在したとしても、もとより、身延曾存遺文・日興等六老僧古写本と比べて、信頼度は格段に落ちます。
ところが、「如説修行抄」は、とてもその孫弟子の写本とも認めることができる代物ではありません。
今成師の説を加えずとも、「如説修行抄」は、日蓮遺文を考察する上で、考慮にいれるべき書ではないと考えます。
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