したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

素朴な疑問

3375犀角独歩:2007/06/15(金) 05:52:59

3374 天蓋真鏡さん

> 教義理屈と方法手段を対峙させすり替えるが如き物言いは求道者らしく無いです

これは、わたしのことをいっているのですか。無礼でしょう。
貴殿の文章は、法華経の文字と手紙を同一に語っています。
法華の文字を語るところを、一片の手紙に対する言を挙げて、「すり替える」などと相手を愚弄する、さてすり替えているのは、いずれでしょうか。

わたしは「法華文字信仰…その極地が妙法蓮華経五文字への信仰」だと言ったのです。では、実際を挙げましょう。

守護国家論「念法華の文字とは此の経は諸経の文字に似ず、一字を誦すと雖も八万宝蔵の文字を含み一切諸仏の功徳を納むるなり」

祈祷抄「法華経と説きをかせ給へば、此の経の文字は即釈迦如来の御魂なり。一々の文字は仏の御魂」

木絵二像開眼の事「法華経の文字は、仏の梵音声の不可見無対色を、可見有対色のかたち(形)とあらは(顕)しぬれば、顕・形(ぎょう)の二色となれるなり。滅せる梵音声、か(還)へて形をあらはして、文字と成りて衆生を利益する」「仏の御意(みこころ)あらはれて法華の文字となれり。文字変じて又仏の御意となる。されば法華経をよませ給はむ人は、文字と思(おぼ)し食(め)す事なかれ。すなはち仏の御意なり」

法蓮抄「『今此三界皆是我有、其中衆生悉是吾子』等云云。教主釈尊は此の功徳を法華経の文字となして一切衆生の口になめさせ給ふ」「今の法華経の文字は皆生身の仏なり。我等は肉眼(にくげん)なれば文字と見るなり」「天台の云はく『稽首(けいしゅ)妙法蓮華経、一帙(ちつ)八軸四七品、六万九千三八四、一々文々是真仏、真仏説法利衆生』等と書かれて候。之を以て之を案ずるに、法蓮法師は毎朝口より金色の文字を出現す。此の文字の数は五百十字なり。一々の文字変じて日輪となり、日輪変じて釈迦如来となり、大光明を放って大地をつきとをし、三悪道無間大城を照らし、乃至東西南北、上方に向かっては非想非非想へものぼり、いかなる処にも過去聖霊のおはすらん処まで尋ね行き給ひて、彼の聖霊に語り給ふらん。我をば誰とか思(おぼ)し食(め)す。我は是汝が子息法蓮が毎朝誦する所の法華経の自我偈の文字なり。此の文字は汝が眼とならん、耳とならん、足とならん、手とならん。たとへば餓鬼は恒河(ごうが)を火と見る、人は水と見、天人は甘露と見る」

御衣並単衣御書「法華経の文字は六万九千三百八十四字、一字は一仏なり。此の仏は再生敗種(さいしょうはいしゅ)を心符とし、顕本遠寿(おんじゅ)を其の寿(いのち)とし、常住仏性を咽喉(のんど)とし、一乗妙行を眼目(げんもく)とせる仏なり。「応化は真仏に非ず」と申して、三十二相八十種好の仏よりも、法華経の文字こそ真の仏にてはわたらせ給ひ候へ。仏の在世に仏を信ぜし人は仏にならざる人もあり。仏の滅後に法華経を信ずる人は「無一不成仏」とは如来の金言なり」

以上の如くです。それに対して、文字を離れて、ほかに教えがある如き言う「不立文字 教外別伝」を、日蓮は厳しく誡めています。
貴殿の物言いは、法華文字仏か・不立文字か、いずれとなりましょうか。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板