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素朴な疑問
3365
:
マターリ
:2007/06/13(水) 22:52:58
>犀角独歩さん、レスありがとうございます。
>日興が造立した重須談所には、本地垂迹堂やら、八幡社がありました。
そうでしたか。氏神様だけは、参拝しても良いということでしょうか?
また、日量の『大石寺明細誌』、日有の『化儀抄』の文献を提示していただ
きまして、ありがとうございます。
ところで日蓮聖人は、富木殿御返事で次のように言っています。↓
天の加護を蒙らざるは、一には諸天善神此の国を去る故か。
ということは、諸天善神は、日本の神社を去ってしまっている、ということ
ではないでしょうか?
この曼荼羅を身にたもちぬれば、王を武士のまほるがごとく、子をおやの
愛するがごとく、魚の水をたのむがごとく、草木の雨をねがうがごとく、
鳥の木をたのむがごとく、一切の仏神等のあつまりまほり、昼夜にかげのご
とくまほらせ給う法にて候。
(妙心尼御前御返事)
神仏は、曼荼羅にこそ、集まって来るということでは、ないでしょうか?
>すなわち、「祈りとして叶わざるなく」とは、日寛の言に拠れば弘安二年
の本門戒壇の御本尊を信じて、南無妙法蓮華経と唱えるという要件を満たす
ことによって成就するというのが、その意味です。
ところで、日蓮聖人の、曼荼羅についての言葉は↓
日蓮が魂を墨にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給え・・・・・
あひかまえて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給え、何事か成就せざる
べき、「充満其願・如清涼地・現世安穏・後生善処」疑いなからん。
(経王殿御返事)
これからすると、この御書において、全ての祈りが叶う御本尊とは、弘安二
年の本門戒壇の御本尊ではなく、経王殿に与えられた御本尊ということにな
るかと思います。
大石寺の彫刻御本尊ですが、「日蓮聖人の御真筆」という考え方より、家にあ
る御本尊の「本家の御本尊」と考えていました。私にとっては、御真筆でなく
ても別に問題ではありません。
何しろ何百年か前の、巨大な木彫りの御本尊様、ということですので、それ
だけで畏敬の念を生ずると思います。
インターネットの真筆画像を拝見しましたが、第1御本尊から第123御本尊
まで、たくさんの真筆がありますね。
しかしインターネットの画像では解像度が低く、プリントしても、細かい
文字が出ないと思います。
私個人としては、日寛上人の御本尊様を拝んでいきたいと思っています。
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