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素朴な疑問
3357
:
マターリ
:2007/06/12(火) 20:02:43
「立正安国論」によりますと、
主人は、「邪宗の坊主を殺害しても、罪にはならない」とか、「正法を護る
ために、武器を持つべきだ」という経文を、これでもか、これでもかという
ほど、引用します。
客はそれに対し、
謗法を誡むるに似て既に禁言を破す。
(涅槃経の説示は謗法を禁めるようではありますが大集経の仏の禁を破るも
のではないでしょうか)
此の事信じ難し、如何が意得ん。
(ですから謗法者の命を奪うというようなことはとても信じがたいことであ
ります。いったいこれをどのように心得たらよろしいのでしょうか。)
と質問します。
それに対し、主人は、
全く仏子を禁むるに非ず。唯偏に謗法を悪む也。
(この経文の意味するものは、仏弟子を禁めるというのではなく、謗法の罪
を責め、除こうというのであります。)
夫れ釈迦之以前の仏教は其の罪を斬ると雖も、能仁以後の経説は則ち其の施
を止む。
(そもそも謗法を禁断する方法として、昔の釈尊の事蹟を語るときは、仙予
王や有徳王として謗法者の命を断ったことを説きましたけれども、今の釈尊
が教えるのは、謗法者に対して布施をしてはならないということでありま
す。)
以上のことから、折伏とは、謗法の者を斬首するのではなく、布施を止めよ、
という意味だと解釈していますが、いかがでしょうか?
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