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素朴な疑問
3194
:
犀角独歩
:2007/02/06(火) 08:34:16
彰往考来さん
『御本尊七箇相承』に
一、明星直見の本尊の事如何、師の曰はく末代の凡夫・幼稚の為めに何物を以つて本尊とす可きと・虚空蔵に御祈請ありし時・古僧示して言はく汝等が身を以つて本尊と為す可し・明星の池を見給へとの玉へば、即ち彼の池を見るに不思議なり日蓮が影・今の大曼荼羅なり云云、
此の事を横川の俊範法印に御物語りありしを法印讃歎して言く善哉々々・釈迦古僧に値ひ奉つて塔中に直授せるなり貴し貴しと讃め被れたり、日興は浪の上にゆられて見へ給ひつる処の本尊の御形なりしをば能く能く似せ奉るなり、仍つて本尊書写の事・一向日興之を書写し奉る可き事勿論なるのみ
日寛『六巻抄・三重秘伝鈔』に
御義口伝に云わく、自受用身即一念三千。
伝教の云わく、一念三千即自受用身云云。
御相伝に云わく、明星が池を見たもうに日蓮が影即ち今の大曼荼羅なり云云。
本尊抄に云わく、一念三千即自受用身云云。
報恩抄に云わく、自受用身即一念三千云云。
同『同・当流行事鈔』に
我等唱え奉る所の本門の題目其の体何物ぞや。謂わく、本門の大本尊是れなり。本門の大本尊其の体何物ぞや。謂わく、蓮祖大聖人是れなり。故に御相伝(御本尊七箇之相承)に云わく、中央の首題、左右の十界皆悉く日蓮なり、故に日蓮判と主付給えり。又云わく、明星が池を見るに不思議なり日蓮が影今の大曼荼羅なり。又云わく、唱えられ給う処の七字は仏界なり、唱え奉る我等衆生は九界なり、是れ則ち真実の十界互具なり云云。
同『蓮祖義立の八相』に
清澄山に池あり明星水と名づく、祖師行法の時定んで此の水をむすべば、毎夜明星天子池の辺に下りて、吾祖師を守りたまふ
同『観心本尊抄文段上』に
…明星直見の伝受…
同『観心本尊抄文段下』に
…「明星直見の口伝」に云云
同『開目抄下愚記』に
明星直見の口伝に云く「即ち明星池を望みたまえば、日蓮が影は即ち今の大曼荼羅なり」と云云
同『取要抄文段』に
御年三十二歳、建長五年癸丑の春の比、再び故郷に帰り、末法の本尊を祈りたまうに、四月二十八日の暁天に、古僧示して云く「汝が身を以て本尊と為すべし」と。即ち明星池を見たまえば、不思議なり、蓮祖の影即ち今の大漫荼羅なり。この時、正しく我が身は法華経の題目なりと知り、朝日に向って始めて南無妙法蓮華経と唱え、而る後、無量の巨難を忍び、三大秘法を弘む。文永八年九月十二日子丑の刻、竜口御難の時、名字凡身の当体即久遠元初の自受用身と顕れたまえり。具には開目抄愚記の如し。故に蓮祖大聖人は末法下種の本仏、主師親の三徳なり。故に本尊と仰ぐべきなり。
七箇相承の段階で、言うところの本尊は、もちろん、いまの彫刻本尊とはまったく関係はなく、のちのモンタージュですね。
また、建長5年4月28日という特定もありませんが、日寛は、こう記します。
清澄寺に明星池というものがあったのかどうか、いま、ちょっとネットで検索したところ、星の井戸(明星井)というのはあるそうです。
http://astro.ysc.go.jp/izumo/n_kanto.html
#070
日蓮が虚空蔵菩薩に祈願して、「明星の如くなる大宝珠」(清澄寺大衆中)とも言うわけですが、清澄寺には明星にまつわる何かがあるのでしょうか。
彰往考来さんが得意とされる分野のように思えます。
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