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素朴な疑問
3159
:
れん
:2007/02/01(木) 20:38:25
犀角独歩さん
聖人御難事・熱原法難と彫刻の製作縁起をセットで繋げた記述をしたのは、石山三十一代の日因師が初見だと思います。因師の“宗旨建立三四月会合抄”上巻に、聖人御難事の文を挙げて釈する中に「蓮祖は建長五年より弘安二年己卯十月十二日に至て本門戒旦の御本尊を顕す故に出世の御本懐を遂げさせ給ふ、是故に二十七年と云ふなり。其間の大難、弘長・文永次下に之を述す。又法師品を引いて況滅度後の文を釈し御身に当てさせたまふ是なり。又弟子旦那を殺され追出等の無量の小難は御一期に亘るなり。熱原の二十四人等是なり」
今のところ、この因師の記述以前に、聖人御難事・熱原と彫刻とのセットで記述した石山歴代の記述は管見に入っておりません。
以前、顕正居士さんでしたか、寛師が彫刻を蓮師出世の本懐と記述した依文が聖人御難事であると記されておりましたが、寛師の記述は因師ほど露骨ではないようです。
昭和のこの神話復活を誰がしたかは、守備範囲外ですので、どなたかご教示頂ければ幸甚です。
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