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素朴な疑問
3157
:
犀角独歩
:2007/02/01(木) 15:01:46
れんさん、独学徒さん、彰往考来さん他 諸賢
『聖人御難事抄』、熱原法難、「戒壇本尊」がセットになって語られるようになるのは、いったい、いつ頃からでしょうか。富要で見る限り、こんな関連を述べる文献は見られませんね。
日亨氏『熱原法難史』(大正11年)で否定されるわけですから、それ以前にあったことになりますが、これを言ったのは誰でしょうか。
日柱氏の染筆、並びに常在寺蔵<248>日興本尊が口絵に載る、熊田葦城著『日興上人』を読んでみたのですが、上記の関係についてはまったく触れていませんでした。この書の発刊は大正14年ですね。
誰が言い出し、また、昭和以降、誰が再燃させたのでしょうか。
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