したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

素朴な疑問

3155独学徒:2007/01/30(火) 22:46:20

犀角独歩さん、私の勘違いから発した議論にお付き合い下さり恐縮です。

以下、「三宝」の部分に絞って、もう一度私の考えを整理させていただきます。
私は『住持三宝』の「住持」は、仏・法・僧の三つ全てにかけて用いているつもりです。
つまり『住持三宝』とは、「住持仏宝」「住持法宝」「住持僧宝」です。
また私が依用したのは執行師の考えではなく、青山師の三種三宝の定義です。(以下、「青山定義」とします。)
そして「住持」の一般的解釈も用いませんでした。
私が「青山定義」を通仏教上の三宝観とした点は、早計であったと思います。

ちなみに「青山定義」の三種三宝とは、『一体三宝』『現世三宝』『住持三宝』です。
「青山定義」では、『一体三宝』は究極の真理そのものといいます。
また『現世三宝』とは、歴史上存在した仏・法・僧をいい、『住持三宝』は『現世三宝』の仏・法の二宝を常住の形象化した形で表現し、僧宝については、現在存在している二宝を常に持つ人物とします。
「青山定義」では、具体的に『現世三宝』と『住持三宝』を次のように説明します。

    現世三宝     住持三宝
仏宝  釈尊       仏像・・・・・・・・・・・>人間から木像へ
法宝  釈尊の説法    経典・・・・・・・・・・・>音声から文字へ
僧宝  在世の弟子    現在存在している和合衆・・>直弟子から当住へ

この「青山定義」に、富士門の日蓮本仏思想を当てはめてみたのです。
それを以下のように考えました。

     現世三宝    住持三宝
仏宝   日蓮      日蓮御影
法宝   日蓮の題目   大曼荼羅
僧宝   日興      貫首・住職

以上のことから、石山の御影堂式は『住持三宝』をあらわしているのではないかと思ったわけです。
また石山の『別体三宝』は、「青山定義」の『現世三宝』と意義を同じくすると考えました。
しかし、犀角独歩さんご指摘の通り、石山では御影堂式を『一体三宝』としているわけで、その時点で、私の意見は石山の見解とは相違していることがわかりました。
そして御影堂式を『住持三宝』とするのは、柳澤宏道師の「石山本尊の研究」の記述であることも確認しました。
私は御影堂式を『住持三宝』と呼ぶ分には、日蓮本仏論圏としては一応、教義と本尊勧請は一致していると思いました。
しかし、繰り返しになりますが、石山はこれを『一体三宝』といっているわけで、この時点で私の議論は終わったと思っています。

つまり石山の三宝観は、「青山定義」では説明できないものということです。

三宝以下のところは、実に仰せの通りと思います。
一尊四士が仏・法・僧の三宝を具備していると考えますと、「青山定義」でいえば、日興の義である一尊四士は『一体三宝』ということなのだと思います。
そうしますと、先に私は日興は広布に至らないうちは、二宝をもって時を待ったと記しましたが、この考えは成り立ちませんね。
むしろ広布に至らないうちは、師・日蓮を偲んで、三宝尊成就の時をまったということでしょうか。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板