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素朴な疑問

3153独学徒:2007/01/30(火) 00:16:48

犀角独歩さん、

『住持』の語句の意味としては犀角独歩さんのご教示の通りと思います。
私がこれまでの投稿で用いたのは、一般論としての「住持」の解釈ではなく、青山先生らの解釈を通仏教の解釈と考えて依用し、それに日蓮本仏義を当てはめてみたものです。
これは石山義とかではなく、私の個人的な解釈としてです。あえて富士門の言を借りれば、柳沢宏道師の著作に御影堂の奉安形式をもって、『住持三宝』としていたということです。
私は青山先生の説明は、通仏教上の説明ととらえてもいいと思うのです。
以下は、法隆寺系の話ですが、『住持三宝』のとらえ方は、青山先生とほぼ一緒です。

http://www.pref.nara.jp/koho/kenseidayori2/tayori/t2005/tayori1712/1300tobira1712.html

青山先生も、法隆寺関係者も、『住持三宝』の「僧宝」を、貫首あるいは住職とはいっていません。
これを私は石山よりに「貫首・住職」としたわけです。
つまり、犀角独歩さんは、一般論としての「住持」の解釈を用い、私は青山先生らの解釈を通仏教の概念として依用しました。
この点ですれ違いがあったものと思います。

いずれにしましても、石山は御影堂の奉安形式を『住持三宝』と言っていない訳で、私の投稿したことは意味の無い内容でした。

>一尊四士を自身の義とした日興が一尊四士の仏像を奉安せず、それをした人間を「盗んだ」と非難すると言うことはあるのでしょうか。

私は、むしろ日興自身が造立する前に、他門徒のよって造立されてしまったからこそ、「盗む」などという感情的な表現があるのだと考えます。
日興が先に造立していれば、他門の所業は、むしろ日興の例に習ったと解するところだと思います。そうであれば、「盗んだ」などといわずに、他門に先駆したとして、もっと誇らしげな表現があっていいと思います。
そしてもし、日興在世に仏像造立なされていれば、日興直弟子でもある、日順・日代の思想の中に、広布時造立といった思想は起こらないと思います。
そもそも仏教で「仏像」を造らないこと自体が異質ですが、日興には本門本尊たる一尊四士は、広布の時、国主によって造立すべきといった拘りがあったように感じます。

開祖・宗祖を「僧宝」と位置づけるならば、三宝思想は、どの宗派も開祖・宗祖の滅後に起こる思想であると思います。
したがって、日蓮門下にとっての三宝は、日蓮滅後より起こるものと考えます。
その意味では、富士門では早くて日興の代ということだと思います。
そして日興の代には広布には至らず、故に本門本尊たる「仏宝」の一尊四士の造立には至らず、自身の拘りからニ宝をもって時を待ったのではないかと考えた次第です。


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