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素朴な疑問

3141独学徒:2007/01/28(日) 22:21:34

犀角度歩さん、

>正中二年十一月十二日の夜日蓮聖人の御影堂に於いて、日興に給はる所の御筆本尊以下廿‘舗’、御影像一舗並に日興が影像一‘鋪’御遷化記録以下重宝二箱盗み取られ畢ぬ

これは要法寺中興の日辰の祖師伝の記述だと思いますが、少々次代が下っているものと感じます。
むしろ日順雑集に「御滅後に聖人の御房を御堂に日興上人の御計として造り玉ふ、御影を造らせ玉ふ事も日興上人の御建立なり。」『御影を造らせ』とあることを考えれば、日興が拝したものは日蓮木像であろうと考えます。

この日興の振舞は、日蓮本仏圏にとっては『住持三宝』として十分説明がつくものと思います。
つまり、

仏法=日蓮御影
法宝=大曼荼羅
僧宝=日興

です。
『住持三宝』ですから、「日興」の部分が貫首・住職となって現在まで続くという考えです。
なので、私はてっきり石山の御影堂形式は『住持三宝』を顕していると思い込んでいました。
しかし石山は『一体三宝』というわけです。これはやはり「人法一箇」の思想の影響ではないでしょうか。

北山や要法寺は広布達成時は仏像造立で、釈尊久遠本仏義に立っていますので、こちらはむしろ曼荼羅一体安置をもって『住持三宝』とすべきなのかと考えます。
釈尊久遠本仏義に立つ、要法寺や北山が、日蓮御影と曼荼羅を持って本堂に安置し、『住持三宝』の形をとっている方が矛盾しているように感じます。
郷門や石山あるいは西山は、日蓮本仏義ですので、その思想自体に問題はありますが、一応、教義と三宝奉安形式は一致していると思います。


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