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素朴な疑問
313
:
犀角独歩
:2002/08/19(月) 14:21
>> 郷門要師
郷門というのは日郷門流のことです。
郷師は目師の弟子で、目師最後の天奏に尊師と供した一人です。
美濃の垂井で目師が寂したので、遺骨を富士に持ち帰り下之坊に納めたと言います。
その後、目師の蓮蔵坊跡地の継承者は自分であると主張し、道師と争い、目師三回忌に山を離れ、小泉に蓮蔵坊を創す、また、この年(建武2年)に妙本寺を創したとも言います。ここに郷師は石山から分離し、郷門という新たな派が生じました。
興門師弟図
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/siteizu.html
その妙本寺の第11代が要師です。
> 仏像を建立
これは多分、尊師のことでしょう。目師寂後、代奏して京都に土地を賜り建立されたのが上行院でした。この上行院は天文法難に灰燼に帰します。この上行院と住本寺を合併し、辰師によって再建されたの要法寺です。つまり、この流れは造像家です。この要法寺は石山を本山と仰ぎ通行があり、そのために100年以上にわたって要法寺出身の石山重職が続いた時期もありました。また元亀年間には石要共同で開版されたのが御義口伝です。
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