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素朴な疑問

3109犀角独歩:2007/01/20(土) 13:33:32

独学徒さん

有り難うございます。資料のアップを楽しみにしております。


れんさん

ご無沙汰しております。レス、有り難うございます。

わたしが、疑義を懐いたのは、日亨氏が、文字鑑定を経た結果として、各相伝書などを水口日源としたのかという点です。

たとえば、単に、文献に「日源」とあった。日源ならば、れんさんがお示しくださったような日興に係る富士門下の僧侶がいる、これに違いないといった形で当て嵌めてしまったのではないかという危惧です。

『本尊論資料』をお読みのようなので、この点に沿って記します。

「日源」の名は本尊相伝ではお馴染みのところですね。常門では、日實の文献を載せますが、ここで語られる伝法の次第は 日源―日實―日得―日怡 ですね。
たとえば『日蓮上行等之事』では「日源自(よ)り之を聴聞す」(原文漢文 P515)などとあります。

執行師『日蓮宗教学史』(平楽寺/昭和29年9月15日2刷) 第2篇 室町時代 第1章 中山門流の教学 第2節 中山系教学の展開 1正行日源(P67) 2本成日實(P68)に載ります。

「妙覚寺の正行日源」と名声を博した人物であるわけですが、「著述には、講演法華義抄23巻、四宗要聞私聞書、御書音義等」(P67)というわけです。
こんな日源の著述や、署名を為した写本が、ある時期、石山が手に入れ、所蔵された。その後、日源とあるので、水口に違いない、水口日源といえば、日興に係る人物である、となれば、この相伝は日興が日蓮が受けたものだ… といった連想ゲームの結果、これらが、日興相伝と思い込まれていった可能性はないのかという疑問です。

この点を証するためには、れんさんがお示しくださったような水口日源直筆の文献があれば、それと相伝類の文字を対校してみればよいわけです。実際のところ、日亨氏は、この手順を踏んで断定したことなのだろうかというのが、わたしの疑問です。

重ねて、独学徒さん、れんさんほか、諸賢のご教示を期待します。


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