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素朴な疑問

309五月雨:2002/08/19(月) 12:16
独歩さん

私は、独歩さんに“折伏”をして戴いています。
今まで「真実」と思っていた数々の石山の教え、だけれどもそれを実践する人々のおかしさを「矛盾する」と思っていた、この答えがこの掲示板にありました。数ヶ月前の私なら「こんな事言って謗法よ」と言っていたでしょう。
独歩さん始め、皆さんの仰ることが「否定しても否定しきれない」のです。自分でも怖いくらいに「納得」出来るのです。いろいろな文証を出していただき、それを読むと「やっぱり」と思いながら、「今まで信じてきた事は何だったんだー」と心の中で葛藤しています。今は「真実に到る」という過渡期にあるようです。だから少しおかしな事を言ってますが、どうかお許し下さい。

>誤認識を改めて、不明を開く、今まで知らなかった世界が見えてきた、そう差し向けた人がいる、さすれば、その人は自分の心の中の誤った考えを折り伏せて、少しでも正しいほうへ眼を向けてくれる、これが折伏であると、私は考えています。そして、その折伏の基底は常に慈悲であり、菩薩道を喚起するものである点が重要なのでしょう。

私がイメージしていた折伏の捉え方です(生意気な書き方ですみません)
人を騙して、書類にサインさせるのは絶対に折伏ではないと思っていました。学会員の家に行き、または未入信の方に対して「池田太作さんの悪口」を並べ立てるのがどうして“折伏”なのだろうかと常々疑問に抱いていたのです。私にはメールでやり取りする学会員の方、訪問してくる学会員そして、血の繋がった姉も学会員です。ともすると、こちらの考えを聞こうとしない態度に「不完全性定理」もええんじゃないですかぁー、という気持ちが沸き起こる事がよくありますが、独歩さんのお話を聞いて「慈悲を忘れず」「菩薩道を喚起」しながら、気長に話し合いを続けていく気になりました。有り難うございました。

>私は五月雨さんを折伏し、五月雨さんはまた、私は折伏しているのではないでしょうか。

と、とんでもござません。私如きに独歩さんを折伏だなんて、ご謙遜が過ぎます。


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