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素朴な疑問

305いちりん:2002/08/18(日) 23:27
五月雨さん

「同苦」もおんなじだと思います。
慈悲の「悲」には、「ともに苦しむ」という意味合いがありますよね。

わたしは、日蓮さんが、すばらしいなあと思うのは、迫害に耐えて信念を曲げなかったというところよりも、この「同苦」の人というところです。

まあ、四条金吾に、手紙を書いたものに、
《返す返す忘れられないことは、わたしが龍の口で頸を切られようとしたとき、貴殿は、わたしの乗っていた馬の口にとりすがって、哭き悲しんでおられた。そのことは、いかなる世になろうとも忘れません。
かりに貴殿が罪深くして地獄に堕ちたとしても、釈迦仏がいかに日蓮を仏にしてくださると言われても、わたしは貴殿とともに同じ地獄に行きましょう。わたしと貴殿が同じ地獄に行くならば、釈迦仏も『法華経』も、地獄におられるでありましょう》(『崇峻天皇御書』)

あなたが地獄に行くのなら、わたしもともに地獄に行くというのです。地獄でともに苦を同じくしようというのです。

ちなみに、仏教では「四無量心」というのがあります。
それは「慈悲喜捨」です。
「慈悲」はもう書いたから、いいですよね。

「喜」は、「ともに喜ぶ」ことです。わーよかったねえと、相手の喜びにわたしも喜べると言うことです。(「慈悲」の「悲」は、相手の悲しみと一緒に悲しめるという意味合いですね)

「捨」というのは、「捨てる」という意味じゃなくて、「心の平静」というような意味です。
相手のためにいいことをした、相手を救った、相手と嘆いた……とわたしたちは、なんかいいことをすると、それがまあベタッとひっつくのですね。すぐに、とらわれてしまう。とらわれると、思い入れが入って、執着になって、いろいろと厄介なのです。自分も相手も。
だから、いいことをしても、相手が喜んでくれても、あ、そうなの、とたんたんとしている。とらわれない。それが「捨」ですね。  ……とまあ、大ざっぱですが。


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