[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
3501-
3601-
3701-
3801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
素朴な疑問
305
:
いちりん
:2002/08/18(日) 23:27
五月雨さん
「同苦」もおんなじだと思います。
慈悲の「悲」には、「ともに苦しむ」という意味合いがありますよね。
わたしは、日蓮さんが、すばらしいなあと思うのは、迫害に耐えて信念を曲げなかったというところよりも、この「同苦」の人というところです。
まあ、四条金吾に、手紙を書いたものに、
《返す返す忘れられないことは、わたしが龍の口で頸を切られようとしたとき、貴殿は、わたしの乗っていた馬の口にとりすがって、哭き悲しんでおられた。そのことは、いかなる世になろうとも忘れません。
かりに貴殿が罪深くして地獄に堕ちたとしても、釈迦仏がいかに日蓮を仏にしてくださると言われても、わたしは貴殿とともに同じ地獄に行きましょう。わたしと貴殿が同じ地獄に行くならば、釈迦仏も『法華経』も、地獄におられるでありましょう》(『崇峻天皇御書』)
あなたが地獄に行くのなら、わたしもともに地獄に行くというのです。地獄でともに苦を同じくしようというのです。
ちなみに、仏教では「四無量心」というのがあります。
それは「慈悲喜捨」です。
「慈悲」はもう書いたから、いいですよね。
「喜」は、「ともに喜ぶ」ことです。わーよかったねえと、相手の喜びにわたしも喜べると言うことです。(「慈悲」の「悲」は、相手の悲しみと一緒に悲しめるという意味合いですね)
「捨」というのは、「捨てる」という意味じゃなくて、「心の平静」というような意味です。
相手のためにいいことをした、相手を救った、相手と嘆いた……とわたしたちは、なんかいいことをすると、それがまあベタッとひっつくのですね。すぐに、とらわれてしまう。とらわれると、思い入れが入って、執着になって、いろいろと厄介なのです。自分も相手も。
だから、いいことをしても、相手が喜んでくれても、あ、そうなの、とたんたんとしている。とらわれない。それが「捨」ですね。 ……とまあ、大ざっぱですが。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板