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素朴な疑問
2935
:
問答迷人
:2006/11/28(火) 20:20:04
>2933 漫荼羅には四菩薩が記されているから一尊四士であるとは、論理の飛躍ではないですか。
確かに論理の飛躍があるとは思います。ただ、これは御伝土代の文意によれば、という事です。
御伝土代では、どのような奉安式の仏を末法の本尊とすべきか、という論点の中で、「法華本門の釈迦は上行等の四菩薩を脇士となす」と述べて、脇士の無い一体仏を否定しています。そして、その次に「未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く」と述べて、「曼荼羅」=「四菩薩を脇士とした本門教主釈尊」を本尊とすべき事を述べています。さらに、「何そ三身即一の有縁の釈尊を閣きて強て一体修三の無常の仏陀を執らんや」と御伝土代は結論付けています。つまり、「三身即一の有縁の釈尊」とは「本門教主釈尊」、「一体修三の無常の仏陀」とは、「脇士の無い一体仏」という対比です。
道師はこの文脈からみれば、大曼荼羅を法本尊としてではなく、仏として、本門教主釈尊として拝していたことが明らかであると思います。なお、御伝土代の文意から一尊四士と書きましたが、正確には、もちろん一塔両尊四士ですね。
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