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素朴な疑問

2934犀角独歩:2006/11/28(火) 17:24:17

―2933からつづく―

さて、このような不埒な土代記述の有様を踏まえたうえで、以下の点について勘えます。

> 一、日興上人とほとんど変わらない本尊観を日道上人が持っていたと思われること。

『御伝土代』は、近代以前は日時作とされていたわけですが、わたしもこの説に傾きます。しかし、いまは土代の作者考証ではないので、「土代作者」とします。

土代作者の文面の「三身即一」「本門教主は久遠実成無作三身、寿命無量阿僧企劫、常在不滅、我本行菩薩道所成寿命、今猶未尽復倍上数の本仏」などという点で、時代は日興よりさらにあととは思えますが、一尊四士という一面を採れば、このように言えないことはないと思います。

一、日道上人は曼荼羅に顕された一尊四士像を「ほとけ」と拝していたこと。

なぜ、このようなことが言えるのでしょうか。
この点を、もう少し、説明していただけません。

一、このことから、日興上人の「ほとけ」という表現も、曼荼羅として顕された一尊四士像を「ほとけ」と表現した可能性が高い

繰り返しになりますが、漫荼羅の図示は、一塔二尊四士です。さらにいえば、十界衆生、不動愛染、四大天玉まで勧請されています。つまり、十界勧請漫荼羅です。しかし、日興がいう仏像奉安一尊四士です。これはつまり仏菩薩に留まります。この両者は、まったく違います。なぜ、題目首題、多宝如来、さらに他の十界衆生まで示す漫荼羅が一尊四士と言えるのでしょうか。

まして、日興は『本尊問答抄』を筆写(?)して、本尊を法華経の題目であるというのです。法華経の題目は妙法蓮華経なのであって、四菩薩を脇士とする寿量釈尊、さらに諸仏の師であるところであるというのが、その規模ではありませんでしたか。

以上からすれば、漫荼羅を一尊四士と見なすことは決してできないと思いますが、如何でしょうか。

ただし、日興が一尊四士を「ほとけ」としたのは、当然のことだと思います。しかし、それが「漫荼羅に記された首題と四菩薩」とは、いずれの文献も指示をしないのではないでしょうか。


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