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素朴な疑問
2887
:
犀角独歩
:2006/10/30(月) 17:18:57
しゅんかんさん
> …曼荼羅…紙幅…良し…見解…?
> …日蓮聖人は紙幅のみを図顕されたから
そうですね。
わたしが筆書きに憧憬を懐くのは、自分のために書写してくれたオリジナル性という点です。心が籠もっているからです。ただ、その前段階で、既存の漫荼羅に、それが印刷であったとしても、裏書きをする所謂‘開眼’は、授与者と受持者の心の通いがありますから、否定する理由はありません。ちなみに石山義では、漫荼羅表に、時の‘法主’が判形(花押)を書き入れることで、仮から‘本’へとするというのが日亨師の説でした。
> 日像上人のお寺…板曼荼羅…身延直末のお寺でもそう
奉安荘厳の仕方があるから、それぞれでしょう。しかし、それら寺院が板に日蓮が直接書いたなどとは言っていないでしょう。石山の「本門戒壇の大御本尊」は、そう吹聴しているから、ならば証拠を示せといっているわけです。富士では、日興が「形木」を禁じ、信心強盛な者には書写して授与し、それ以外を謗法であるといっているわけですから、この点は外せないだろうというのが、わたしが記してきたことです。
朗・像門家において、板に改めた造立縁起がしっかりしていれば、それを仰ぐ信者は納得しているということではないですか。
> 三十番神とか南無内々神…神仏習合で良し
この点については、わたしは詳しくありませんが、仰るようなことであったろうと思います。
日蓮の漫荼羅では日本国神である天照大神、元朝鮮の神であった八幡神(日本では大菩薩)、日本の伝教大師。中国の諸大師。インド由来・密教の不動・愛染、大六天魔王(ヒンドゥー教のシバ神)など、雑多に習合しています。日蓮以降、随方毘尼という見地から、各地域の国情に合わせた習合があったとして、それを違和感を懐くか否かは、各人の感覚に属するのだろうと思います。
> 御書…現代文に訳した物
さあ、この手のお薦めは、わたしは知りません。
> 仏教用語…辞典
これは数多、刊行されています。
わたしの個人的なお薦めは『織田佛教大辞典』です。
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