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素朴な疑問
2845
:
犀角独歩
:2006/09/08(金) 07:02:16
一字三礼さん
日蓮は当初、曼荼羅を文永8年の段階では「之書」(安第1)としていますが、わずか3年後の同11年になると「之図」(安第13)と改めますね。
すなわち、日蓮にとって、漫荼羅は書くものではなく、図すものという認識で定着したことになります。
いま、話題は書か・写かとなっていますが、むしろ、書か・図かというのが日蓮における漫荼羅論であり、にもかかわらず、弟子は、それは書写ととらえて点が、重要なのだと考えます。
なお、実際に書写した人が、どのような思いなのか、という点が議論の対象だと思います。単に自分の作品として書いたのであれば、写したことを意味する花押の部分を「御判」「在御判」とはしないで自分の名と花押を書き、初期の日蓮の如く「之書」とするでしょうし、さらに、いえば、日蓮独特の筆法(光明点/髭題目)を真似しないでしょう。真似ることは既に写であると思えます。
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