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素朴な疑問
2835
:
犀角独歩
:2006/09/06(水) 09:35:40
れんさん、独学徒さんは、素直に資料をお読みになるほうで、一字三礼さんはまず疑ってかかる、そんな差があるとお見受けします。
わたしは、どちらかというと、一字三礼さんに近いほうなので、いままでも、そんな議論の仕方をしてきたような気がします。ただ、今回は、議論に乗り遅れたこともあり、お三人の遣り取りを、客観的に見られるところがあったので、違う視点から眺める勉強になりました。
本尊相伝というのは、どうも、「後付」の感が否めない。わたしは、そんな思いはあります。
ただ、その際、2点、気になるのは、執行師が指摘された朗・興二門における相伝文が同一であることです。これは中世以降考えられてきた以上、上古においては、この関係が密であったことを物語っているのだと思います。もしくは、どちらかが盗用したということでしょうか。
もう1点。それにしても、既に柳澤宏道師も指摘されていますが、実際のところ、この相伝と残存する書写漫荼羅は一致しない点は、実に興味深く思えます。
一字三礼が賛同くださった、何故、漫荼羅は「書写」なのかという特異点は、この相伝内容と実際の書写漫荼羅の相貌の相違から見るとき、結局のところ、具体的な相伝はなく、後付で相伝が成立していったことを物語るように、わたしは、感じます。
あまり正規な資料とは言えないかも知れませんが、日蓮門下一般、殊に僧侶方の間で読まれていると思える『御本尊の書き方』(有賀要延著・国書刊行会)では
「曼荼羅本尊の謹書は本宗寺院住職としての大事である」としながら、「しからば、その書写の手順は、と問われてみると、それには定められた規則がないことに気付かされる」(序文)と記されています。
朗興二門に先述の相伝があるにも関わらず、この言い様には、驚かされますが、しかし、偽らざる実態とも思えます。また、興門にしても、当掲示板でも既に話題になったとおり、興目両師の曼荼羅で、前者は「写」とし、後者はしからずという相違が存することは、上古已来、蓮興目相伝をいいながら、曼荼羅書写に関する相伝がなかったことを物語っていることになります。さらに相伝文と日興本尊が一致しないとなれば、もはや、いわれるところの相伝の類は、後世の成立、もしくは、本弟子法嗣とは別の成立と見倣さざるを得ないことと思えます。
さて、興門と本尊相伝と密接な関係にあったことが窺える朗門、また、相伝資料を存する常門においては、どのようなあんばいであったのか、もう少し、お三人の議論にお聞かせいただこうと思います。
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