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素朴な疑問

2830一字三礼:2006/09/05(火) 08:07:49

独学徒さん

> 禁じていたら行わないと思います。

そうは言えないでしょう。後代の弟子達が全て師匠の意に副って行動するということはないでしょう。

> むしろ蓮師在世の間は、蓮師が漫荼羅を図顕されるので、弟子達が書写する必要は無いわけです。

これも仰ることがよくわかりません。
六老僧にもそれぞれ直弟子はいたでしょうし、孫弟子もいたでしょう。出家・在家を合わせれば蓮師の弟子はかなりの数に上るではないでしょうか。
その弟子の中で、漫荼羅を与えるに相応しい者を吟味して蓮師は一人で漫荼羅を書き、授与していたわけですね。
弟子達に漫荼羅書写を許すのであれば、蓮師ご生存中にも弟子に書写されるでしょう。なぜ蓮師は一人で書かなければならなかったのでしょうか。

常識的に考えてみれば、先生が弟子に、書体や描き方を教えるときは、まず弟子に書かせるのではないでしょうか。しかし、蓮師が漫荼羅の書き方を相伝したとする書はありながら、蓮師が生存中に弟子に書かせた漫荼羅がない、これは大きな矛盾ではないですか。

れんさんがご指摘のように、年代表記に矛盾がある以上、常忍坊の私見聞は第一次資料とはできません。日像師の「漫荼羅相伝」の内容は存じませんが、日像師は蓮師入滅の時の年齢は幾つでしたか、まだ十代前半の子供でしょう。蓮師は子供にまで漫荼羅の書き方を相伝していたのですか。

蓮師の在世中の漫荼羅と、蓮師滅後の書写漫荼羅のあり方とは分けて考えてみたほうがよいのではないでしょうか。


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