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素朴な疑問

282ワラシナ:2002/08/14(水) 23:03
no280 いちりんさんへ

0、
>しかし、日蓮はというと、どうも一般的には馬鹿にされているのは事実ですね。
>思想的な深さ、実存的な深さはないとみられている。教義も哲学性は低くて、
>形式論理を展開している。

1、上のように私も感じていたんですが宗祖本佛論の論理構造を考えていて、信者になって初めて宗祖の頭の空前のよさに気がつきました。これほど頭のよい方ならもっと本気になって信心しても後悔することにはならないのでは、、と思いました。

>「これからの人類にとって必要になる大事な思想」それつて、なんなのでしょうかね。

2、これは私の当てずっぽでして、家族という国家民族の下位に位置するちょっと中途半端な共同体の意義が、釈尊論の教義の上から捉え直されているように感じたんですね、「眷族妙」として。
それと宗祖はご自分のご家族のことを片時も忘れていないですね。そこから「永遠の家族」のような発想があったのじゃないかと予想したのです。家族にこだわったのも、いわば独特の普遍化された家族概念に基づいているんじゃないか、という予測です。

3、これは自分の予測なんですが、現代の暗闇は大抵家族問題にあると思うから、将来の人類もこれで悩むと思う。経済のグローバル化は経済弱者の切り捨てを助長し勝ちです。人々は男も女も経済という中性的なものの確保のために心身をすり減らさざるを得ない。これ自体が性本能の反対方向なので高齢晩婚化とともに身体や嗜好の変化を生み、経済の不安回避を第一目的とする為リスクを避ける生き方をせざるを得ず、これは性本能の犠牲に等しいと思う。これは結婚に結びつくような異性間の恋愛においては、その恋愛自体が持つゲーム的面白さ(偶然性)に身を委ねる傾向が少なくなる事につながる。そうすれば、人々は結婚と恋愛を分離するようになる。
そうなれば、今日の欧米圏に見られる傾向のように血縁的家族にこだわる必要がなくなってくる。また、生殖が性本能に依存しないで可能になったことがこれを助長して、血縁的家族概念に変わる普遍化的(永遠的)家族観が求められるようになる。

またこの傾向は一方では「家族消滅論(偶然的家族論の極限)」を助長する。これは人類全体がその生殖を拒否する「永遠的シングル人類、永遠的チョンガー人類」になることに等しい。
実は「仏教の出家非婚思想」はこの将来人類の生殖観を先取りした考えであったのかもしれないのである。

宗祖にはかような二種の家族観があって人類の将来の為に備えていたと考えています。
その他にもありますが時間がないので又の機会にいたします。


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