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素朴な疑問

2771犀角独歩:2006/08/26(土) 07:27:57

わたしが記すと、どうも舌鋒に鋭利となりますが、以下、学会を含む石山圏信念体系で生きてこられた皆さん、わたしと同様の過程にある方、事実に真正面から目を向けて考えてみませんか。

当掲示板の議論で、日蓮本仏論は後世の解釈教義であること、石山の唯授一人相承はあり得ないこと、さらに彫刻本尊は後世の模造品であること、この3点が概ね確認されてきました。

いま話題は、形木か・印刷かという流れになっていますが、もう一歩踏み込みます。「奉書写之」の‘之’は所謂「本門戒壇の大御本尊」であると、日顕さんは述べていたわけで、大方、石山圏の考えはこうなっています。この点は学会でも顕正会でも同様でしょう。とするとき、我々が石山・会信徒として貸下され、本尊として拝んできた印刷漫荼羅は、後世の模造品を写したものであるわけです。その本体を模造品として、斥ける場合、どうして、その写しを本尊として拝むことが出来るのかという疑問にぶつかりませんか。

問答さんをはじめ、皆さん、信仰の根源に立ち入った問題提議となりますが、お考えをお聞かせいただければ幸甚です。


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