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素朴な疑問
276
:
ワラシナ
:2002/08/14(水) 15:10
274 独歩さんへ。 「石山法華講に対する見方の違い」について。
0、私の法華講入講が「当たり」だったと思うのは、前居た顕正会との比較で言えた意味が大きいのです。前居た会社がひどすぎたからそれから比べれば今は天国だ、みたいな感じから言ってるのです。
一般に転職者というか会社を辞める人の心理の中で辞職を決断させる原因の一つに「今の職場で味わっている苦痛と前の職場体験で味わっていたものとの居心地の良さの比較」があると思います。従って今の職場を辞めない人の心理も同じで
前の職場体験(居心地よさ)との比較心理が働いていて、今の方が前よりよほどマシ、と思っているからだと推測するものです。
1、私にとってなぜ、この法華講在籍の二年間が「当たり」だったのかは、あとでその間感じたことなどを色々書こうと思っていますが、
何と言ったらよいか「雰囲気が水に合っていた」「幹部でないただの平講員だからノルマがない」「会合が少なく束縛される時間があまりないから気楽」という自分中心に見た事情が大きいと思っています。
それと一番大きく効いていたのは何と言っても「もうここは顕正会じゃないのだ、もう無理して全面的に共感した振りしてまで浅井会長の指導を飲み込まなくてもいいんだ」という開放感に浸された喜び、だったといえます。
それと、別に顕正会じゃなくても法華講にいても清純な信心は維持できそうだ、と感じたことも大きかった。
2、、ところで、独歩さんの法華講体験の低評価、とことん失望も、わかるような気がします。理想を求めようとすると傷つかざるを得ないような何かがあった、と予想してます。
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