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素朴な疑問

270ワラシナ:2002/08/13(火) 23:11
「信者にとっての信仰と経済に横たわる深い問題 15」(続きA)

2−0、「当たり1/4だけに注目して、外れ3/4に目を瞑るのではなく、逆に外れ3/4だけに注目してに当たり1/4に目を瞑るのではない。」この全的見方の自然さをなんとか美味い具合に表現する事は出来ないものかと前から思案してきた結果思いついたのが、タイトルの「宗祖仏法信仰の効き目というかその特質と香辛料や漢方処方の考え方とのアナロジー」だったのである。

2−1、
この考えの一番の利点は宗祖仏法を受付ようとしない(入信しようとしない)信仰拒否態度の自然さが適切に表現される点にある。

それは、「香辛料を全くつけないで食事ができる人の自然さ」として解されると思う。
ここでは香辛料としてラー油を例にとって、香辛料常用態度と信心態度との対応を私なりの観察してみる。

全くラー油を受けつけない人=信心拒否者
少したらして満足な人=信心即生活が美味くやってのけられる人
タン面の表面全体が真っ赤になる程かける人=10時間唱題毎日やる人

上の分類に示されたものの見方でで注意すべきは、すべての態度が任意、自由なものとして認められている事である。三者の誰もが他の態度を排斥する事が出来ないのである。少々垂らして満足な人からみれば、真っ赤になるほどかける人は普通は「馬鹿扱い」だろうが好き好きな世界だから否定は出来ない。

また、入信拒否者に正当性根拠を与えた考えだから、信心否定も自由とする分類ともなっている。

さて、この見方では香辛料常用の世界に入った事=すなわち信仰信者になった事を意味する。そこで「当たり」は分かるけど「外れ」をどう解釈するのかといえば、「香辛料の配分、かけ方に問題があったから」と考える。

2−2、この考えの2番目の利点は、「当たり外れ」を症状として見て、その原因を「個々の信者の体質の違い」と「生薬の配合・処方」のミスマッチと解釈できる点である。従って何故はずれが四分の三も出てきてしまうのか、は、元々「服用法が難しい特殊な漢方生薬」としての宗祖仏法そのもののあり方に四分の三も欠陥部分があるのではなく、服用する信者の側に対する「個々の信者の体質の違い」に対するノウハウに未開拓な部分が(現在から見れば)四分の三程度残っている為ではないかと思うのである。従って今後の取り組み如何では「外れ率」を激減させることが可能とする立場なのである。現状では服用法が完璧でないために外れが出ているのであって、将来的には外れがなくなり当たりばかりになると予想しているのである。

但し勿論、服用法の不適切さとは見ず、特殊な漢方生薬に喩えられた宗祖仏法そのものに四分の三もの欠陥があったからだとする解釈も否定はしない。

(続く)


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