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素朴な疑問

2558犀角独歩[TRACKBACK]:2005/07/29(金) 01:06:01

言われている「塔婆」というのは板塔婆のことでしょうか。卒塔婆というのはストゥーパーの音を充てたもので、意味は塔ということでしょう。墓石も広義では塔でしょうし、真偽未決から言えば、本尊(漫荼羅)がそもそも塔でしょう。塔婆批判というのは、石山義から言えば漫荼羅批判につながるんじゃないでしょうか。板塔婆は不用で、漫荼羅本尊は要るというのは、一体、どこで線を引いているんでしょうか。何もわからない連中相手に自分達の団体で用意できないものを、不用といっているのに過ぎないでしょう。まあ、顕正会で塔婆をかけるシステムはないでしょうから。会の浅薄さ、底意が透けて見えています。

だいたい、浅井さんの先代は、妙信講という石山末寺講中の講頭をやっていたわけですから、その頃、塔婆を立てていなかったとすれば、いまの浅井さんの言は矛盾はないわけです。しかしもし、先代が塔婆を立てていたとすれば、要するに、塔婆不要論は、= 先代の行動を批判することになるという構造を、まず、理解すべきです。(このような史実からの批判は、創価学会にも言えます)

いちおう、顕正会は日寛尊崇を採っているわけですが、その日寛が遺志を継いで立てた石山の五重塔。立派な卒塔婆(ストゥーパー=塔)じゃないでしょうか。

さて、引用された遺文は『行敏訴状御会通』を除けば、みな、写本の類ですね。なお、石山で塔婆の意義を言うのに常套される御書は『中興入道御消息』の以下の文です。

「去ぬる幼子のむすめ御前の十三年に丈六のそとばをたてて其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕してをはしませば、北風吹けば南海のいろくづ其の風にあたりて大海の苦をはなれ東風きたれば西山の鳥鹿其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率の内院に生れん、況やかのそとばに随喜をなし手をふれ眼に見まいらせ候人類をや、過去の父母も彼のそとばの功徳によりて天の日月の如く浄土をてらし孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ちて後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事水すめば月うつりつづみをうてばひびきのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云、此れより後後の御そとばにも法華経の題目を顕し給へ」

いわば、これは石山における常識でしょう。(いちおう、予備知識として記しておきます。もちろん、真跡主義からすれば、問題にされることのない御書です)

真跡遺文では「塔婆」の記述は少ないですね。引用以外では、

善無畏鈔「大地微塵の塔婆を立て、大小乗の戒行を尽くし、十方世界の衆生を一子の如くに為すとも、法華経謗法の罪はきゆべからず」

ぐらいでしょうか。

上代、造立されたという板碑は、塔婆と見なせるのでしょうか。
この点は、れんさんがお詳しいと思います。補完いただければ有り難く存じます。
れんさんのご投稿は、「本門戒壇の大御本尊様の偽作説について」などで何カ所か論じてくださっていました。

また、塔婆については愚鈍凡夫さんの以下のご投稿は参考になると思います。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1041207951/r297

まあ、しかし、塔婆不用を顕正会が言ったなんていう枝葉末節の批判は、あまり意味がないような気がします。根本からおかしいわけですから。また、石山義をもってきたり、日蓮門下一般の常識を持って批判しても、そちらにそちらで問題があるわけですから、どんなものでしょうか。

ラキさんも、もっと本質からご覧になることをお薦めします。まあ、そう言ってしまえば素朴な疑問もあったものではなくなりますか。


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