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素朴な疑問
2416
:
れん
:2005/05/19(木) 21:49:00
四信五品抄を読みますと、「現在の四信の初めの一念信解と滅後五品の第一の初随喜と此の二処は一同に百界千如・一念三千の宝篋・十方三世の諸仏の出る門なり」とあります。この文を読みますと、蓮師は十方三世の諸仏の本地仏と定義される久成如来の一番最初の因行を「一念信解・初随喜の二処」とされたように見えて興味深く思っております。その具体相を示すと「一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分と為すなり是れ則ち此の経の本意なり」となるのでしょうか。一念信解については独歩さんの仰る通りその語の源義の説明を簡略に説明するのは困難ですが、富士門の信条的に言えば所謂「一信二行三学」に摂せられるものと言えるものでしょうか。初随喜については蓮師は顕仏未来記に「彼の不軽菩薩は初随喜の人」と言われているように不軽菩薩の行儀を示しているように見えますね。唱題について興門の思想を見ますと後世成立ながら本因妙抄には「受持本因の所作に由って口唱本果の究竟を得」とあり、また本因妙抄成立から遠からずして順師に仮託して作成された形名種脱判摂名字ノ事にも「依受持本因之所作成口唱本果之究竟是即當門流之本因本果之次第也」と受持(一念信解?)因・口唱(初随喜=不軽?)果との思想を見ることができます。四信五品抄については、石山に弘安元年の目師写本(従来興師写本とされてきたが、御筆写真に見える筆跡は保田の目師写本一代聖教大意に似通っており目師筆とすべきものである)がありますから、この四信五品抄の記述を土台に、このような富士門の唱題思想か成立したものでしょうか?
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