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素朴な疑問

2413顕正居士:2005/05/19(木) 10:26:04
四信五品は法華経の分別功徳品にあります。

http://www.kosaiji.org/hokke/kaisetsu/hokekyo/6/17.htm

「其れ衆生あって、仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて、乃至能く一念の信解を生ぜば」、
般若波羅蜜を除く他の五波羅蜜をたいへん長い期間に修行した功徳より遥かにまさると説かれます。
なお、お経の中にいう「功徳」とは仏法の理解が増進することで、この世の利益のことではありません。
その次に「若し仏の寿命長遠なるを聞いて、其の言趣を解するあらん」と略解言趣がいわれるから、
一念信解とは言趣の理解をいまだ伴わない段階であろう。それなのに「信解」というのは?

ここの梵文を直訳すると、
「衆生あって如来の寿量を宣説する法門を称讃し一念の間なりとも信解を生じ信受を為せば」
であります。「信解」の原語は「アディムクティ」です。この言葉は翻訳上、少しややこしさがあります。
ハインリヒ・ケルン氏は法華経の「信解品」を"Disposition"の章と英訳しています。Dispositionは「気質、
素質、傾向」の意味です。ただしアディムクティには他に「信頼」の意味もあります。したがって、

仏の寿命には限りが無いという説を聞いて喜び、かつ理解したい気持ちが起り、とりあえず信じる、
そのような人は、と解釈できます。如来寿量品の次にこの品が説かれるから、そのような「素質」の人
とは、仏が常にいますと聞いて、だから仏法を理解するのはいつでもよいと思わない人である。また
仏の寿命には限りが無く、仏は常にいますことを信じ、「仏はもう滅度された、わたしは**上人とか
**先生のいうことを絶対として行こう」とは思わない人であるでしょう。


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