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素朴な疑問

2412犀角独歩:2005/05/19(木) 07:36:12

「一念信解」の四文字を簡単に説明するのは難しいですね。
純天台的に言えば、一念というより一心でしょうし、信解というのは羅什の漢訳已来の大問題でしょう。言うまでもなく、信解は『妙法蓮華経信解品第四』に由来する言葉ですが、岩本裕師は、「意向」と訳しています。そして、その意向が下劣であるとし、求めない珍宝(記別)を与えたという具合です。

念とは今/心ということですが、天台は一心三観等と言うごとく、心を採ったのに、妙楽はこれを一念とします。さらに三千不可思議境とこれを併せてか、ついに一念三千と造語したわけでした。

信解でいう信とは、では、どのような信なのか。誠信(バクティ)か。この点は、以前、大いに議論されたことでした。では、解はと言えば、信解品一品の流れからすれば、これは解脱というより、了解、理解に近いと思えます。ただし、解脱は理解では断じてありません。仏の意向を信じ解する程度の意味であったのでしょうが、しかし、漢訳教学では、この二文字は重大な意味を持つに至ります。

法華経のテーマは未来成仏、つまり、記別にありますから、信解、つまり、信即解といった教学とは元来無縁であるはずですが、しかし、実際は承知されるとおりです。素朴な疑問という範疇に収まりきりません。

『仏教にとって信とは何か』
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1043190919/l100


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