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素朴な疑問
2365
:
犀角独歩
:2005/05/11(水) 01:09:27
2364 ひたちさん、早速のご返信、誠意を感じます。
ご指摘の点、つまり、建長6年に、なぜ不動愛染か、これは結局、蓮師終生の大問題で、法華経の会座を記した大漫荼羅、だったら、何故、不動愛染が?? という点で、結局、学会教学は難の説明理論も持ち合わせていない空洞があるわけです。
それを自分たちの教学と合わないものは偽作のレッテルを貼って除外視するような短絡思考は、そんなものは通用しない‘子供だまし’だということです。
感見記はもちろん、漫荼羅に至るまで、何故、不動愛染かが、わからなければ、結局、蓮師の実像には迫れないということです。ここで、みなが真剣に考えているときに、「偽書」の一言で片付けて、恰もその子供だましが事実のように豪語して憚らないようなものは捨て置けば、それでよいにしろ、それを納得できるなどと、たとえば、ひたちさんに書かれれば、それは看過できません。では、徹底議論しようということになります。ところが、北林さんの言うことは納得できる、それ以上のことは何もいえないとすれば、ご都合主義に丸め込まれただけであろうという批判が飛んでくるのは、もはや、火を見るより明らかな結果です。それにも関わらず、それを臆面もなく、セット区政があると紹介する神経がわたしには納得できない。徹底議論だということになるわけです。その時の、相手側の対応はただ一つ、では、徹底して証拠を挙げて議論に応じる。ところがそうはならない。言いたいことだけ言って、あとは聞かぬ・見ざる・言わざる、わたしは、こういう対応には、断固、「ふざけるな」と言うわけです。
しかし、こうして、ご返信くださったひたちさんを、わたしはちゃんと評価します。
大勇者さん、読んでいますか。
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