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素朴な疑問

2343犀角独歩:2005/05/10(火) 08:31:10

ひたちさん。もし、「二人の日蓮」説を採って、感見記の偽作を言う人があり、それもこの論が展開された経緯を知ったうえであったとしたら、これほど、ひどい詐術、詭弁はありません。

なぜならば、「二人の日蓮」説は‘感見記を真跡として扱うこと’によって成り立った論だからです。

これはそもそも、日蓮主義の研究者ならば、その名前を知らない人はいない戸頃重基師が、1970年の日蓮仏教研究会(日教研)での発表に、翌'071年に高木豊師が反論をし、それをのちに改稿したという一連の流れで議論されたことでした。『日蓮』(太田出版)に載る『<二人の日蓮>改稿』は胸をすくような名論攷であって、日蓮論攷はかくあるべきとも思う手本的遺稿です。
高木師はもちろんのこと、戸頃師も、当然、感見記を真跡として、この論攷を行っています。
殊に高木師は、感見記の文字ばかりではなく、その絵までも蓮師が記したのではないかという考えに準拠しています。そのような師の論攷「二人の日蓮」説を以て、感見記を偽作というのは、詐欺、ペテンの類といっても言いすぎではありません。

戸頃師は金沢文庫蔵「理性院血脈」の日蓮と感見記の日蓮は別人説を立てました。それは血脈の日蓮が25代であるのに対して、感見記では23代となっているということからです。それに対して、高木師は蓮師が密教相承を複数受けたとすれば、この2代の差は説明が付くとして、戸頃説に反論しました。しかし、その後、もう一人の日蓮、「日蓮房重如」(重如日蓮というのは間違い)の確実な資料を見いだし、二人の日蓮の存在を明らかにしました。しかし、これは感見記を偽作と何らつながることではなく、法華日蓮の存在は、むしろ、感見記によって確定し、その他の資料から日蓮房重如というもう一人の日蓮を立てているのです。

以上のような、経緯があるにも関わらず、「もう一人の日蓮」を感見記偽作と関連づけるなどということは呆れ果てた所行といわざるを得ません。

さらに言えば、このような詭弁を恥もなく吐くほうも吐くほうですが、恣意的に組み立てられ、組織のご都合で宛われた話を鵜呑みにする会員の浅はかな在り方には、呆れを通り越して、哀れすら感じるものです。


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