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素朴な疑問

2202一字三礼:2005/04/14(木) 17:56:25
つづきです。

> 法華経を創作したグループは、アフガニスタン周辺の人々で、かなり小規模な集団であったのではないのかと言われています。また、それまでの仏教教団がシャキャムニの舎利の分骨を聖遺物としてきたのに対して、そのようなものにあやかれない信仰教団であったのではないのかと想像できます。

顕正居士さんも仰るように、経典成立史については教典からの推測の域をでません。ですから、犀角独歩さんのご主張に特に異議を挟むつもりはありません。
しかし、、アショーカ王の時(在位BC268〜BC232とされる)に既に仏舎利は国家事業で八万四千(実数ではないでしょう)に分骨され、仏塔に収められたのは史実でしょう。
その後、或いはそれ以前に、特定の仏教教団が仏舎利の分骨を聖遺物とし、それにあやかれない集団もあったとお考えなのでしょうか。
根拠云々のことではなく、ご想像、またはお考えをご披露ください。

>> 上座部と大衆部で激しい論争を繰り返しており、この2者に対して新興の大乗が新たな視点から論争に名乗りを挙げた時期でしょう。

ここの部分は、引用が長くなって読むのも書くのも大変ですので、「人類の知的遺産『ナーガールジュナ』」(講談社)の「3 論争の相手」の章をお読みください。

> 漢訳的な発想ではないでしょうか。

これも繰り返しになりますが、「梵本」とはどのテキストをさすのでしょうか。

> 宗派という発想は、空海以降に属するのではないでしょうか。インドで、こんな意識があったのでしょうか。

インドバラモン諸派を指すために便宜的に「宗派」を使ったのです。

> 仮にその菩薩像として刻まれたのがただのパトロンであるとしたら、では、実際の菩薩とはどのような人々を指すのでしょうか。

それについては、資料としては何も残っていないので、実際の菩薩については誰にもわからないのではないでしょうか。


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