[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
3501-
3601-
3701-
3801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
素朴な疑問
220
:
いちりん
:2002/08/08(木) 10:23
五月雨さん
この文句は、もともとは『法華経』の「陀羅尼品第二十六」に出てきますね。
若し我が呪に順ぜずして 説法者を悩乱せば
頭破れて七分に作ること 阿梨樹の枝の如くならん
鬼子母神が、お釈迦さまの前で、誓うわけです。
『法華経』の教えを説く法師を守護します。そのために、悪鬼にやられてしまわないように、呪文を捧げます。そして、もしも法師を迫害する者があったら、わたしたちが、そやつの頭を七つに割ってしまいましょう。
阿梨樹(アルジャカ)という花があるらしいのですが、それは七つの花弁があるんだとか。見たことはないので、わかりませんが。
この七つと、南無妙法蓮華経の七文字と結びつけたりもするんでしょうね。
あるいは、頭上の七穴とも関係して、首から上に七つの穴があると。口一つ、鼻の穴が二つ、耳が二つ、目が二つで、合計七つ。その穴が病になるのだとか。
あるいは、心破作七分ともいって、物理的に頭が破壊されるというよりも、心が駄目になる。精神錯乱するなどと、言われてきました。
いずれにしても、おそろしいですね。
まあ、もとはといえば、『法華経』に罰と功徳の脅しと勧誘みたいなものが、たくさん書かれています。まあ「譬喩品」あたりを読んでみてください。
この『法華経』のもつ排他的なエネルギー、独善的なエネルギー、我の強さが、じつはおおもとの源泉であろうとわたしは思っています。
『法華経』はすばらしい経典ですけど、すばらしい部分と、厄介な部分がごっちゃになっています。まあ、いろんな人たちが、長い期間によってたかって作り上げた(もとの教えに、あれやこれやとくっつけたりしました)という成立事情にも原因があると思いますけど。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板