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素朴な疑問
2189
:
犀角独歩
:2005/04/13(水) 23:39:38
2186 一字三礼さん:
ご丁重なレス、有り難うございます。
まず、全体の感想を率直に申し上げると、法華経成立を論じているのに、漢訳に引っ張られていると思った次第です。法華経の成立、これはあくまで梵本、インド地域での話ですよね。
> 序品から法師品までの一乗の教え
法華一乗思想は、たしか坂本師も指摘していたと思いますが、羅什の意訳であり、原本にはこのように誇張されたものがないというのが法華研究一般で言われることではないでしょうか。
> …超人的菩薩の神力
これが先とは別の成立であるというのは別段、異論はありません。
「西アジアにおける母神ナナイア」が原形であるといわれますね。
> 法華経成立…信仰系統を別にする集団…幾つもの教え…霊山会という舞台を軸としてまとめられたと考えます…法華経の創作者達…表現に違和感
ここで仰ることはわたしにはよくわかりません。「複数の信仰系統で」というのは、そうであると思いますが、そこで行われたのも「創作」ではないのでしょうか。
また、法華経は他の経典と特に異なっているのは、経典文中に「法華経典」を意味する語意が含まれていることですね。仮に複数の創作者によってされたとしても、経典名を文中に織り込むという一貫性がどこで生じたのか重要な問題であろうと思います。また「霊山会という舞台を軸としてまとめられ」ていくことも、元の原形をもってしたとすれば、これまた創作のうちではないでしょうか。
27章と言われる法華経は、実際は30章以上あったことも知られていますね。
複数の集団でそれぞれ創作されたとして、それを「創作者達」というのが、何が問題なのでしょうか。
> 一乗思想…辺境の小規模集団…都市部のグローバルな考え方
わたしはどこかに「辺境の」と記しましたでしょうか?
仮に都市部にあっても、その集団が小さければ小規模集団ということになりませんか?
> 法華経成立当時の仏教界の様相…上座部と大衆部で激しい論争
たとえば具体的に、どのようなことでしょうか。
> 新興の大乗が新たな視点から論争に名乗りを挙げた時期
いつ頃、どこででしょうか。
> ”実は総ての教説は一乗のためだった”
これは漢訳的な発想ではないでしょうか。
こんな宣言をインド文献の、どのようなものに見いだせるのでしょうか。什の漢訳「無二亦無三」的なドグマは、梵本には見られません。
> 統一を試みた
「統一妙法」という漢訳的な発想に引っ張られていませんか
どのような史実があるのでしょうか。
> 法華経の説く布教に伴なう忍耐とは、他宗派
宗派という発想は、空海以降に属するのではないでしょうか。
インドで、こんな意識があったのでしょうか。
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