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素朴な疑問

2144犀角独歩:2005/04/11(月) 08:42:12

2142は舌足らずでした。もちろん、四の考えは、彫刻本尊が後世の造立である以上、蓮師の考えであるはずはありません。

> 五、辺りが蓮師の本意

以前、問答さんと議論したところですが、五百塵点成道の釈尊は法華経を師として成仏したわけですね。法華梵本で読むと経典は永遠の過去からあったとなっているわけですが、天台以降は「妙法蓮華経」の五字となっていき、それが蓮師において徹底されるといった趣です。いずれにしても、法華経が師であり・仏は弟子の関係でした

わたしは釈尊上行を一体と見る解釈はまったく承伏しかねます。
しかし、本尊抄を読む限り、上行菩薩は釈尊己心の菩薩であり、三身所顕無始古仏という考えであったように見受けます。

ここで考えられるのは、釈尊を仏にした五字への信仰かどうかという点ですね。
わたしは蓮師の上行応誕論というのは、興師門下で醸造したものであったろうと考えます。何故ならば、自身上行菩薩の確信となれば、釈尊己心となりますから、すなわち、釈尊であるという宣言に他ならないことになるからです。ただし、このような信仰的な方向は、たとえば「釈尊己心の上行菩薩となろう」という目標設定としては可能かも知れません。

通常、一念三千は「生命の諸相」のように言われますが、教学的な構築はそうはなっていません。要は釈尊が五百塵点成道と菩薩道、娑婆世界説法を明らかにしたことで素材が出揃うという組み立ててであるわけです。つまり、一念三千は久遠釈尊なしでは成り立たない教義である点が、殊に現行の学会を含む石山門下では等閑にされています。
要は一念三千法門の成就は三妙合論される久遠釈尊という仏界を得ざれば成立しないわけで、信奉する側の教学的な姿勢は、その久遠釈尊の体内となる信仰にほかならないとわたしは観察します。

ここでポイントになるのは、自分自身が、五百塵点成道釈尊の弟子か否かという証明の取り方でしょう。艱難辛苦を堪え、法華経を滅後末法に弘通するということ自体が、此土有縁深厚の地涌菩薩の流類である証明という半ば脅迫観念的な心身行動規範が蓮師にはあったと見受けます。

わたしは、この蓮師の行動規範として謎に思うのは、冒頭に記した仏の師は法華経という点です。しかし、その後、その師仏有縁の衆生は恒に仏を師として成道するというの常軌となります。しかし、蓮師は、師を仏にした法を直ちに仰ぐという方法論を採ったわけです。ただし、このように記すと、恰も、蓮師が師仏成道の次第を自分と滅後の衆生に当てはめたのかという疑問は生じるわけですが、しかし、これはやや違うように思えます。

何故ならば、上述したとおり、一念三千は釈尊自体の久遠成道の次第をもって完結する以上、その師仏を飛び越えての法華信仰は一念三千足り得ないからです。

では、法華信仰とは、師仏信仰と。その師仏を仏にした経典信仰の二人三脚かという疑問を呈することは出来ようかと思います。わたしは、この考えはある程度は当たっていると思います。つまり、法華以前の経典を爾前権経と斥け、独り法華を採って、しかも釈尊を信仰するという構造です。

このような教学的な姿勢が本尊抄までに、本門本尊(久遠釈尊)と本門題目(妙法蓮華経)という形で結実したのではないのかと類推します。

その後、本門戒壇の勘案が足され「三つの法門」という形式を整えようとしながら、ついに戒壇義を十分に練ることなく、円寂したのであろうと思えます。その意味において、本門戒壇は言葉はあっても、その意義を蓮師自身十分には尽くさなかったと結論せざるを得ません。これを「ご本仏であるから一切の施化を畢えられはずであるから、説いていないわけがない」などというドグマに、わたしは付き合う気はありません。

以上のことから、蓮師の妙法蓮華経信仰は、自身地涌菩薩という「目標」に教学的根拠を久遠釈尊、決要付属要法(妙法蓮華経)の流布に邁進することで証明するという構造をもったものではなかったのかと思え、その意味から問答さんが2141に掲げられた一から六のなかでは、わたしも、類型的には五であろうと考えるものです。


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