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素朴な疑問

2136藤川一郎:2005/04/08(金) 12:03:31
さて、戻りまして天皇機関説について私論を申し上げますと、やはり余り正論とは言えないようです。そもそも天皇陛下の地位を法で定めることに無理があるのです。
そもそも天皇という地位は法で定められたものではありません。大日本国憲法前の大宝律令ですら、実は全く明示されておりません。
天皇という地位が有史以来初めて名文されるのは「禁中並びに公家諸法度」なのであります。しかも家臣である徳川家が主君である天子(天皇)を法で縛るという、明らかなる下克上法なのです。天皇という御地位を歴史的連続性から法で定めることは元来無理なのです。戦前の憲法を「天皇主権の欽定憲法」等と評しますが、その中で天皇の地位を定めている時点で、既に天皇を縛るものであるのです。戦後の象徴天皇制ですら、その上に乗っかっているものに過ぎません。昭和天皇が天皇機関説を支持されたのは、その帝王学の教育の賜に過ぎません。幼き日より「立憲君主」の御教育を受けられていたから、憲法を越える天皇など夢のまた夢だったようです。

最後に隆慶一郎の小説「影武者徳川家康」に面白い下りがありました。
道々の者(天皇以外主を持たない階層)出身の主人公大御所家康の影武者、世羅田二郎三郎元信に、現将軍として秀忠が「禁中並びに公家諸法度」の裁可を願ってくる場面です。
その時の主人公の言葉がまさに日本の天皇観を語っているので面白いで、最後に記しておきます。
「そのほう、気は確かか?そのほうは知らんのだ!古来より天子を縛る法が定められたことは無いのだぞ!法とて全て天子より出ずるのだ。法と天子は同格だ。このような下克上の法度が認められる分けなかろう!」
結局歴史は、この法を定めてしまうわけですから、「禁中並びに公家諸法度」「大日本帝国国憲法」「日本国憲法」は全て、不連続の連続の範疇にあると捉えても間違いは無いでしょう。
ちなみに、この中に出てくる「道々の者」等の末裔が今の被差別部落の方たちなのですが、その方々が根本理念を忘れて「天皇制打破」を言うのは間違っているという考えが、水平社の中でも持ち上がっており、「灘本・師岡論争」として話題になっております。


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