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素朴な疑問

2117犀角独歩:2005/04/03(日) 11:46:52

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財務ですか。この起源はかなり初期まで遡れるのではないでしょうか。
戸田さんの時代のことです。(戦前にあったかどうかは知りません)
当時、一定の収入があり、生活が安定している人に限り、「財務部員」となることを許すというものでした。財務部員になると「鶴丸バッジ」が授与されました。(いま顕正会会員が付けているのは、そのバッジを模倣したものでしょう)
たしか、バッジにはランクがあり、金、銀、銅の3種ではなかったでしょうか。このランクはしかし、財務の納入額の差であったか、本部幹部その他の役職を含む上下差であったかは記憶が定かではありません。どなたか補完してくだされば、有り難く存じます。

昭和28年入会の町工場を営む父は、いつもは油まみれの作業着で働いているのに、学会、本山に向かうとき、ダークスーツをびしっと着込み、胸に鈍く光鶴丸バッジを付けて出掛けていったものでした。

正直な思い出を記すと、このバッジは学会員のステータスのようなもので、いわば憧れの対象でした。「いつか、あのバッジを付けられるようになりたい」、幼心にそんなことを思っていたのを覚えています。ところが、自分が長じるころには廃止になり、それなのに、「せっかく建てた」正本堂に反対するビラを寺の門前なんかで配る「連中」が、自分たちの専売特許のように、胸に付けていたことを、腹立たしく思ったものでした。

さらに余計なことを記せば、わたしが中学校のころ、「高等部長」になると「部長バッジ」というものがあり、これまた、憧れの対象。朝晩の勤行を欠かさず、1日1時間の唱題をし、会合も皆勤で、教学試験にも合格して、「いざ、部長に」という高校2年。高等部長は中心グループ長と名称が変更になり、バッジも廃止。「残念!」という思い出があります。

…、こうして書いてみると、わたし(と家族)は、典型的な創価学会員であったことを、改めて自己認識します(自嘲)

しかし、そうですね。「財務」は隠語というか、公然とした特殊用語。なるほどというご指摘ですね。

しかしながら、財務は「財政に関する事務」なのに寄付そのものを指す理由は、拠出する各人は、その事務に直説携わるのと同じという精神からではなかったのかと想像されます。

いずれにしても、当初の財務と、正本堂以降のそれとは天地雲泥の差があります。
少なくとも、戸田さんは財務を出せば、功徳・御利益があるとは言わなかったからです。


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