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素朴な疑問
205
:
問答迷人
:2002/08/06(火) 22:14
五月雨さん こんばんは
犀角独歩さん こんばんは
ご指名がありましたので、少し、書き込ませていただきます。
>今現在配布されているお形木本尊の仏滅年数を何故戒壇本尊のそれと同じにしないのでしょうか。同じにすれば、何ら疑義が生じなかったのではと思うのですが。疑問に思っています。真実をお聞かせ下さい。
先ず考えなければならないのは、大石寺の本尊書写の化儀が、「二千二百三十余年」と書写する事になっている、ということですね。恐らく、上代の日道上人以来、「三十余年」と書写するしきたりになっていると言うことでしょう。その理由は不明ですが、日道上人の御伝土代に、三十余年と認めた御本尊が大事なんだ、という表現があることから類推すると、三十余年と認められた大事の本尊があって、その大事の本尊に書かれているまま書写する、というしきたりになっていたのだと僕は思っています。
その、富士門流の大事の御本尊こそ、戒壇の板本尊なんだ、という事だと、極めて判りやすいのですが、そうはならないのです。戒壇板本尊は、二十余年と認められているからです。
ご質問のように、書写のしきたりを、「二十余年」に変更すれば、万事、丸く収まるではないか、ということですが、これも、そうは行きません。有供養者福過十号、若悩乱者頭破作七分、との書き込が、私たちの下付されている御本尊には書かれていますが、戒壇板本尊には書かれていないのです。しかも、弘安二年に認められた別の御本尊には、この書き込みがしてある御本尊が存在します。ですから、二十余年だけの違いではないのですから、事はやっかいです。日興上人が、書写に当たってこの書き込みを追加した、などという説明がまことしやかにされていますが、他の御真筆の御本尊に同じ書き込みがされているとなると、日興上人が付加した、などという説明はふっとんでしまいます。どう考えても、元々の御本尊があって、その御本尊には、この書き込みがしてあって、しかも、三十余年と書かれていた、という可能性が極めて高いわけです。もし、戒壇本尊に合わせて、書写のしきたりを変更するとするならば、この書き込みも削除しなければならなくなるでしょう。
とりあえず、概略、お答えいたしました。引き続いて、ご質問、承ります。
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