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素朴な疑問
1981
:
犀角独歩
:2005/02/11(金) 19:32:46
デルトロさん:
わたしの曼陀羅に関する書写の答えが歯切れが悪ければ悪い、納得がいかなければ納得がいかない、それでいいのですよ。
わたしは漫荼羅を図示したことがないかと言えば、それはありますよ。何度も何度も図示しました。鑑別をするというのはそういうことです。ただし、わたしは漫荼羅を本尊と今は考えていないわけですから、それは本尊なりえない。それ以前に、天台の段階ですら、本尊という概念はないわけですから、それは必要としない、こう書いたわけです。ですから、図として漫荼羅は幾度も書いたことはありますが、それは本尊とはなり得ない。たぶん、この言い回しは、ここでわたしと議論してきた方であれば、直ちに納得していただけるでしょう。これは、たとえば、写真でまとめた『御本尊集』は結局のところ、写真であって本尊ではないのと一緒です。正確に言えば御本尊‘写真’集です。まったく、この言葉のとおりです。白か黒か、そんな考えはわたしにはないわけです。ないことは書けないわけです。
あと、漫荼羅本尊を破って、地獄に堕ちるとか、「狂う」とか、そんなことはありません。
ただ、そのように心理プログラムを自己暗示にしろ、他からにせよ、操作されていれば、そのようになるでしょう。それを説明するために、ハッサン師の言葉を引いたわけです。
それから、あなたは、わたしに救われたのではないですよ。
あなたを救ったのは、あなた自身です。もし、そこにわたしが介在しているとすれば、それはあなたの己心の独歩という象徴(シンボル)です。それはしかし、わたし自身ではない、
あなた自身のあなた自身を救おうとする自己再生能力です。その影にわたしは映したのにすぎません。狂うも治るも己自身でしょう。
なお、印刷本尊をカッターでずたずたに切った、業者が試し刷りの本尊を大量に廃棄する、石山、(たぶん学会も?)回収した印刷本尊を焼却処分する、廃棄するという意味ではまるで一緒です。もう一つ加えれば、わたしが何度も図示し、また、プリントアウトした漫荼羅写真に、時には線を引き、時に細分化し、最終的には廃棄するのも同じでしょう。
ただ、あなたはカッターでずたずたにして狂うという心理操作に従ったけれど、業者にしても、わたしにしても、もとより、それを本尊と思っていないわけですから、そのような心理プログラムが作動することはなかった、ただ、その差です。
ですから、他で「信仰」といスレッドが立とうとしていますが、少なくとも複写された漫荼羅写真・図、また、自分で図したものをどうするかということは、まるで、わたしにとっては信仰とは関係ないわけです。それをあなたは信仰の範疇で考えているようですが、結果論的には信仰ではなく、心理効果の域を出ていないと、わたしには思えました。
しかし、あなたが、疑いでななく、「信」からやり直すというのであれば、それは個人の選択です。わたしがとやかく言うことではありません。お礼も言われ、一区切りもしました。それ以上、屋上奥を重ねるように言葉を重ねることは、「押しつけになる」と判断し、敢えてロムしなかったわけです。さらに言えば、わたしのような人間にお礼など述べる必要はありません。先に記したとおり、あなたは、あなたのなかのシンボライズされた独歩というイメージ、もっと言えば、そのイメージを生み出したあなた自身の再生能力によって救われたからです。
それが証拠に、あなたは、わたしに自分の納得のいくこと場を書いてほしいという欲求を、その後、露わにしたでしょう。つまり、それはそのような意味なのですよ。もっと、自分を信じてあげなさい。そして、いたわってあげることです。
わたしはかつて極度の神経症を患ったとき、日記に「行きながら地獄に堕ちた。こんな苦しいのであれば、死んで無に帰するほうがよほどましだ」と血涙を流す思いで、何度も記しました。
だからこそ、こんな出鱈目な中世以降の石山義は断じて弾劾しなければならないと思ったのです。
しかし、確かに、わたしと同じ道を歩んでいるところがあります。
だからこそ、言いますが、あなたはいつしかこの信仰を必要としなくなる日が来るでしょう。なぜならば、わたしの同じレールの上を進んでいるからです。
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