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素朴な疑問

1893きゃからばあ:2004/11/10(水) 11:13

面白いものを見つけた。

『弘安二年 大曼荼羅と日興師』昭和五年十月三十日発行・松本佐蔵(道本)著

「尚又此御本尊の裏に閻浮提云云と御下附の由來が書記せられてあるとの噂を耳にしたことがあるが併し之は裏と云ふのであるから只だ噂として到底其實否を確めることは出來ない 本來我々が拝すのは内拝であって広宣流布の暁でなくば公然拝すべき筋のものでないと石山では昔よりの云ひ傳へであるから容易に拝すことを許されない事になって居るが道本が子供の頃はこの筆法で信仰を認めなければ金を積んでも拝ませなかったが最近では金で拝ませるかどうか」

「明治四五年の頃この大本尊に対し甚だ恐れ多いことがあった 夫は時の政府が全国の神社仏閣の本尊を取調べ神仏混交を許さずとあって各々其本尊を取調べ疑点ありとするものは皆引上げられたことがあった この噂を聞き石山でも大に驚きこれに限り疑ひありなどと批難さるゝ気支ひはないが併しどんな口實を以てか假令一時たりとも引上げらるゝ様な事があっては恐れ多い迚時の法主(石山五十一世日英師が其時機に當る)は東京芝區の強信者山田善兵衛氏(道本の親戚)を招かれ諮議の上法主は正本尊大の紙幅に模写しこれを本尊に仕立てゝ正板本尊は山田氏等数人が供奉し夜中を選み出京して本郷の加秔邸に旨を傳へ同邸の倉庫へ窃かに預け置き暫時世間の状況を見定め最早安全なりと認められて同邸より取戻し元の如く石山寳庫に安置せられたのである又假りの代品本尊は東京に持來り数十年後深川區の法道院と云へる教會に於て日應師山田氏等立會の上焼却し終った(法道院は大正十二年の大震火災に全焼せり)又山田氏は今尚芝區本郷町にて山田善之助迚立派に相続して居る此事は道本も子供の頃に之れを聞き記臆して居る 此経緯を誤り伝へて石山の本尊は偽物なりなどと飛んでもない噂さを世間でしたそうだが事實は右の通である」

はたして、本物が取り上げられるのを恐れたか?
または、偽者とバレるのが怖かったのか?
いずれにせよ、一時的に板漫荼羅が大石寺より東京の信徒の倉庫に保管されたとある。
もしかして、今の奉安堂の板漫荼羅も、仮本尊だったり?
やはり、うさんくさい。


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