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素朴な疑問

1849顕正居士:2004/11/03(水) 18:34
以前からいだいている疑問

なのですが、富士派で板曼荼羅が寺院本堂の本尊として標準になるのはいつの頃からなのでしょうか?

大石寺の寺宝「戒壇本尊」の「真偽論」というのは、板曼荼羅なのであるからそれ自体の聖筆、偽筆という
論ではなく、原本の紙幅がかつて存在したか否か、現本があったとし、「戒壇本尊」と称するに至った縁起
の教義的背景が妥当であるか否か、ということであろうとおもいます。

伝説では題経寺の板曼荼羅は日蓮聖人がみずから刻んだ、戒壇本尊は日法師が刻んだといっております。
日法彫刻説は墨の部分を刻んだから原本はもう存在しない意味でしょうが、原本は戒壇本尊と同じ大きさで
あったことになります。日法彫刻説は曖昧でかつ富士派の教義にも合わないところがあるから、日蓮聖人が
自刻したという人もいれば、原本がいずれかに存在したはずと信ずる人もいるようです。日禅授与の曼荼羅
が原本であったなら、それなりの由緒が確認されたことになります。脇書に「弘安2年」とある意図は何なのか
が問題になりますが、脇書は後世に誰かが付加した可能性があります。

その場合、脇書を加えた人は板曼荼羅が宗祖の在世から存在した証拠にしたかったのではないでしょうか?


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