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素朴な疑問

1733犀角独歩:2004/10/12(火) 12:19

そうそう、それから御影堂のことなんですが、たとえば三堂といった場合、本堂・御影堂・垂迹堂となるわけですね。門下一般では本堂は釈迦堂で一体仏安置ですね。けれど、石山では、どうなるのでしょうか。やはり、漫荼羅でしょうか。堂宇は、れんさんも引用してくださったとおり、それぞれの尊体を奉安するものですね。興師が建立した(とされる)三堂の本門寺根元が本堂かどうかはわたしは決し得ないところはありますが、それは置くとして、当時の御影堂に漫荼羅の奉懸はされていたのでしょうか。木像であれば、まあ、その可能性はなきにしもあらずですが、盗難事件に触れて、愚鈍凡夫さんが秀でた指摘をされた如く「御影一舗」でした。つまり、これは絵で、たぶん、掛軸ですよね。そうなると、御影掛軸の後ろに漫荼羅の掛軸を懸けたら見えなくなってしまいます。そうなれば、左右に並べ懸けることになるのでしょうか。しかし、これは考えづらいですね。これに準じて考えれば、仮にその後、木像に発展したところで、当初は御影像の後ろには漫荼羅奉懸はしなかったと見るのが自然のように観じます。つまり、御影堂はあくまで御影のみ、本堂は興門では漫荼羅、他門では釈迦像のみという奉安ではなかったでしょうか。

その類推からすれば、たしかに副書の文面は如何にも歴史性から逸脱していると思えます。


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