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素朴な疑問

1730犀角独歩:2004/10/12(火) 10:04

1727 愚鈍凡夫さん:

大本尊讃文他筆説ですか、大胆ですね。
でも、わたしも全面的には否定できません。

文永11年、この時期、讃文の挿入はほとんど確定しておりません。先に挙がった第11号はたぶん他筆、大本尊の半年前の7月25日第13号には「大覚世尊入滅後二千二百二十余年之間 雖有経文一閻浮提之内未曾有 大曼陀羅也得意之人察之」の讃文が見られます。この曼陀羅も実に特異ですね。おかしな例ですが、『立正安国論』の先魁に『守護国家論』があるように、第16号大本尊の先魁にある如くです。

第13号と第16号の讃文は「大覚世尊…二千二百二十余年…雖…」と言った言い回しが似通っています。

わたしは大本尊の讃文が図示の段階で添加されたものであったとしても「大本尊」が直ちに図示を指すのかということで、疑義を呈したことがあります。
つまり、「大覚世尊…大本尊…我慈父…隠留之…上行菩薩出現…始弘宣之」という文脈は、「大本尊」語は大覚世尊を指していると読むことはできます。また、これを余に始めて始弘するのが上行菩薩であるというのは『本尊抄』の寿量仏像を地涌千界が出現させるという考えとも一致します。ただ、第13号讃文と対比すれば、やはり、「大曼陀羅」と「大本尊」は用語の違いと見ることもできます。悩ましいですね。

いずれにしても、この時期で遺る第13号、第16号は他と抜きん出ていることは間違いなく、いっそ、この2舗は他筆ではないのかというあまりにも大胆な暴論を立てたい衝動に駆られそうになります。しかし、このようなことを言い出したら、空き缶さんのご叱責を被ることになるでしょう(笑)


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