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素朴な疑問
154
:
犀角独歩
:2002/07/27(土) 03:37
145 川蝉さん:
ご指摘有り難うございます。
通日蓮宗では身延山久遠寺の命名については、ここら辺で落ち着いているわけですね。
ところで『身延山久遠寺番帖事』というのは、これは真筆なのでしょうか。
石山では、この書は完全に偽書扱いです。たぶん、これは享師の古文書研究を踏襲しての記述ですが、『日蓮大聖人正伝』に
日興上人のご執筆による『定 墓所可守番帳事』は『宗祖御遷化記録』の末尾第五紙に連なり、その継ぎ目の裏にそれぞれ合議、承認の意を含めた、日昭、日朗、日興、日持と法臘の順に四人の老僧の署名(花押)があり、日向、日頂は「他行」と記されて、欠席していることがうかがえる。…
この西山本門寺蔵の『定 墓所可守番帳事』に対して、池上本門寺にも『身延山久遠寺番帳事』なる文書があり、これも日興上人の筆と称されている。
しかし、池上本は『墓所可守番帳事』ではなく、『久遠寺番帳』と久遠寺の別当職の輪番に変えられ、「蓮華阿闍梨」、「白蓮阿闍梨」という大聖人が定められた本弟子が「蓮華房」「白蓮房」となっているなど、日興上人に偏見を持つ人の後世の偽作であることは明らかである。
とくに池上にある番帳及び『御遺物配分事』に認(したた)められている日興上人の花押は、日興上人の御本尊及び西山本の『番帳事』とは全く異なるものであり、この他にも、池上本の疑問点を挙げれば枚挙にいとまがない。(P440)
としるされています。注意が引かれるのは興師の真筆には「身延久遠寺」という名前が見られない点です。方や後世の偽書という池上本にはこれが見られます。私は、この点から興師が葬送記その他を記述された段階では、久遠寺の名前がなかったと思うのは以上の理由からです。如何なものでしょうか。
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