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素朴な疑問

149問答迷人:2002/07/26(金) 21:42

無徳さん

引用された文書の内、

(2)1380 聖滅99年 庚歴二年六月四日、妙蓮寺日眼の五人所破抄見聞

については、妙蓮寺日眼師ではなく、西山八代の日眼師であり、年代的には1480年頃と思われ、(4)の、左教日教師と同時代と考えられます。根拠は、五人所破抄見聞の末文に有ります。

1 五人所破抄重須本奥に云く嘉暦三戊辰年七月草案 日順。(1328年)

2 応永廿二●正月廿九日。日代聖人御筆大事の書也可有る重宝也。太夫阿闍梨日円に授与す之を  日任華押 (1405年)

3 日眼見聞蓮山本の奥に云く。伝写本云 康暦二庚申年六月四日書畢 本化末弟日眼在御判 (1380年)

4 日諦私に云く右写本は古抄本に●文字不分明なら或は朽破或は蟲食等不可ら称計す(乃至)吾門弟尋正本を云云。万治元戊九月十八日○。(1658年)

ここで注目するのは、年代が2と3とで、逆転している事です。これは有りえないことであり、又、2は西山第四代の日任師であることから、3は西山第八代の日眼師と取り違えたと考えるのが妥当であろうと思われます。そうすると年代は文明年間であり、左京阿日教師と同時代で辻褄が合う訳です。

なお、(1)1308 聖滅27年 徳治三年九月二十八日、日頂の本尊抄得意抄添書?については、資料が手元に有りませんので、真筆なのか、あるいは後世の付加部分なのか、偽書なのか、判断が尽きかねます。


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