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素朴な疑問

1455犀角独歩:2004/07/02(金) 05:57

空き缶さん、ちょっといいでしょうか。

> 当時の本門寺建立は現代でいう宗教法人の認可

この考えにわたしも賛同します。これはまた、天奏にも言えることでしょうね。天奏は国家諫暁だと現在では解釈されていますが、実際は今で言う宗教法人の許認可申請であったとわたしは考えます。


> 仏像を造るということは、遠慮していた

これは興師の考えなのでしょうか。
この点は以前も記したことがあるのですが、わたしは興師という人は代用品を一切、認めない人だったのではないのかと想像しているのです。

昭師が随身仏を持ち去ってしまった。その時、円師は新しい仏像を造ろうとした。これに興師は反対しました。それを興師の造仏否定と石山系では解説するわけですが、わたしはこれは違うと思うのです。要は蓮師が随身された仏像が尊いのであって、その代替品では意味がないと考えられたのではないのかと思うのです。ある面、いつか昭師の元から仏像が還ってくると待っていたのかも知れません。待っているわけですから、その席は空けていた。それがいつしか、仏像のない様式と解されて重須の、例の本門寺建立以降、仏像造立という伝承を生んでいったのではないのかと思うわけです。

ある状態が続くと、その説明が必要になり、それが説明されると、それが前の常識に取って代わられる、そんな変遷のなかで「漫荼羅正意」という後世の姿勢が定着していったのではないのかと思うのです。


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