したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

素朴な疑問

1389みかん:2004/05/29(土) 01:23
十界論なるものがあらかじめあるみたいに議論されてますけど、
十界説なる仏教の教説が「六道」「六道輪廻説」と、
「四聖」説、三乗、四乗説という全然関係のない、
まったく次元の違うものを無理矢理くっつけた
つぎはぎの理論であるということを理解してないと
まずいんじゃないんですか?

それが証拠に、人間は人界の衆生であるまま、菩薩
になったり、声聞、縁覚、仏になったりするわけです。
これを無理矢理くっつけて、菩薩なりなんなりが生物学的に人間で
あったり畜生(家畜)であったりすることに説明がつかなく
て、付けるために十界互具思想が生まれたのかもしれませんね。

あと、仏教は基本的にインドの古代人の世界観を前提にしてますから、
進化論などという近代的な思想とは無縁だし、親和性は悪いでしょう。
それを無理矢理統合するのは「エセ科学」としての仏教になっちゃうでしょ。
科学によって宗教の正しさが証明されるとか、宗教と科学が無矛盾だってのは
創価学会・日蓮正宗を含む、多くの伝統宗教、新興宗教で言いますが、眉唾でしょ。

「人類が仏教というものに巡り合えている期間がいかに短いかが良く分かり、逆説的に仏教の正しさを証明しているような気がしますが…。」
意味がわからないです。仏教の歴史はたかだか2600年。
あなたがたがお好きな「日蓮仏法」の歴史はたかだか700年。
それが短くていことが、どうして「逆説的に仏教の正しさを証明」
ということになるんですか?

盲亀の浮木の喩えに則って、仏教の歴史が人類の歴史に較べて極端に短いことが、
どうして仏教の正しさを証明することと関係があるんですか?
むしろ仏教なるものが、特定の時代に、特定の地域にしか存在しない、
ローカルで普遍性のない物であることの証明になりかねないんじゃないですか?
一切衆生を救うはずのものでありながら、一切衆生がそれに出会えないわけだから、
仏教が一切衆生を救えない、無力な、無慈悲な物であることの証明になっちゃうん
じゃないんですか?

(わたしはそれがローカルで普遍性がないとは思わないですがね、ただしそうすると
それはすでに仏教と呼ぶ必要すらないんですけどね)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板