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素朴な疑問
1368
:
地名
:2004/05/19(水) 22:34
1366、1367 菱村さん
ありがとうございます。
>「伝」→「侍」と見える。
立正大学のものは、正確には「伝」ではなく「傳」となっています。
>「大日蓮山」の右となりの余白にわざわざ「冨士山也」との注書きが加えられている。
立正大の方にはこの注書きはありませんでした。
>「神道深秘」には諸神を1か月30日に配当した部分も出てきます。「冨士権現」と記されている右脇に「本地上行菩薩化身」との記載あり。
この部分はコピーしませんでしたので今度見てみます。
國學院大學の五反田の図書館ですと林羅山の本も、叡山文庫の御本も見れると思うのですが一般者は閲覧できないみたいですので他の図書館を探してみます。
>「吾妻鏡地名索引」があるかと思います。そこでは「大石駅」という記載があります。「大石」はたしか「だいしゃく」という発音だったかという記憶です。
「吾妻鏡地名索引」ではないですが、「地名辞典」では、「静岡県」の「富士宮市」の項目に「大石駅(おおいしのえき)」があります。その次が上述した「大石寺(たいせきじ)」です。
「大石駅: 鎌倉時代にみえる駅名。潤井川(うるい)上流右岸、現上条(かみじょう)の大石寺(たいせきじ)付近と推定される。「吾妻鏡」の治承四年(1180年)十月十三日条に「止宿大石駅」とみえ、源頼朝の協力要請を受けた甲斐源氏の武田信義・一条忠頼らと頼朝の使者北条時政父子とが大石駅に止宿している。甲斐国から南下して駿河国に入る道筋の富士山麓で、当時大石ヶ原とよばれた地にあった駅と考えられる。」とあります。
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