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素朴な疑問

136犀角独歩:2002/07/25(木) 21:17

> 真偽未決とされる御書類が半数を占めるということであって、偽書と決めつ
けるのは如何なものでしょう

これはまあ、そのとおりであろうかと思います。ただ、この点は逆も真なのであって、真跡もなく、真偽未決とされているものを、恰も真書のように扱うことも誡められるべきであろうかと思います。

なお、二箇相承について言えば、歴史的にこの二書は、ただの一度も石山にあったことはありません。北山に相続されてきたのです。それはつまり、中の文面の一切は北山本門寺に該当することであって、石山とは何の関係もないことです。

興師が寂してから目師の天奏途上の寂までに半年あります。
条々事が興師の真筆であるとする蛮勇は私には起きませんが、もしこれが真筆であったとしたら、何故、二箇相承は目師に譲られなかったのでしょうか。もちろん、この疑問は仮に真筆であったとして、の仮定で言えることです。

また、聖人の葬送録をはじめ、弟子分帳を残されるなど、興師は資料性を重んじられた方でした。また、聖人のお筆曼荼羅にも一々端書きを書き込まれるなど、綿密な点が多々見られるわけです。そのような興師が聖人から相続されたはずの二箇相承について、ただの一度も触れられることもなく、また、譲り状すら残されていません。興師の性格からこのようなことは有り得ないと私には思えます。つまり、興師は二箇相承の存在をご存じなかったとしか思えないわけです。

しかし、「白蓮阿闍梨日興に付属」と記された書面を本人が知らないなどと言うことはあり得るでしょうか。また、聖人は寂に先立ち本弟子六人を取り定められています。それなのに、その直後に唯授一人血脈相承を行うなどということは有り得ないことでしょう。

二箇相承は真筆説は希薄であり、さらにそれが真筆であっても北山本門寺の相続であるという二重の相違を石山は枉げて論じているのに過ぎないと私は結論しています。


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