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素朴な疑問

1324犀角独歩:2004/05/15(土) 10:11

れんさん:

> 御伝土代の元号の記述の間違いは、蓮師の誕生の年のこと

ええ、それもあります。あと、

「日興上人御遺告、元徳四年正月十二日日道之を記す」

の‘元徳四年’です。同3年元弘に改元されていますから、この遺告が記されたとする1332年は「元弘二年」です。また、この書が道師本であると決定を下したのは亨師となろうかと思います。しかし、これは本当に同師のものでしょうか。

先に完則図をご覧になった由、記述されてお出ででしたが、『大石寺宝蔵目録』に『三師伝 日時筆 一巻』とあります。

亨師は『御伝土代』の編註に「『在世一代乃至于時応永十年癸未九月廿二日』の三行あるに依り後師誤りて日時上人作の三師之伝とせし事あり今因に之を記し置く」とします。ここにいう『三師伝』とは遠霑講寺完則師が目録に言う『三師伝』のそれであろうと思うのです。

わたしは『御伝土代』の
「日蓮聖人の云く本地は寂光、地涌の大士上行菩薩六万恒河沙の上首なり、久遠実成釈尊の最初結縁令初発道心の第一の御弟子なり。本門教主は久遠実成無作三身、寿命無量阿僧企劫、常在不滅、我本行菩薩道所成寿命、今猶未尽復倍上数の本仏」
「三身即一の有縁の釈尊」
という‘釈尊を無作三身・三身即一の本仏’とする語法及び教学が同師の段階で確立していたのであろうかと?とやや疑っている面があります。また、記述は『産湯相承事』『種々御振舞御書』を彷彿とするところもあるわけで、これらが出揃い、三師に仮託できる時期はいつか?と考えるとき、亨師の説を斥けて完則師の頃に言われたとおり、『三師伝』(御伝土代)は時師の作と考えたほうがよいのではないのかと思える節があります。

ただし、残念ながら筆跡鑑定に関してはその現物すら閲覧したこともないので何とも言えません。しかし、石山、亨師は元より、川澄師、また正信会各師の筆跡鑑定能力は如何ばかりものかとわたしは手放しに信用しない面もあります。

勝手なことを記していますが、同書の元号問題を取り沙汰したのは以上の経緯からでした。


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